コラム

2023-06-20 17:09:00

個人は「金融リテラシー」をどこまで持てるもの?不安の多い未来に消費者ができる対策について考える

ファイナンシャルプランナー(以下FP)の黒田尚子さんと金融庁出身の起業家であるライフシオンの我妻代表が、個人にとって必要な金融リテラシーをテーマに対談しました。日頃から身近に多くの顧客事例を目にしている黒田さんの考える消費者としての責任などをお聞きしました。

黒田 尚子(くろだ なおこ)

CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士 CNJ認定乳がん体験者コーディネーター 消費生活専門相談員資格。1992年立命館大学部法学部卒業。同年4月日本総合研究所に入社、FP資格取得後に同社を退社し、1998年独立系FPとして転身を図る。2009年末に乳がん告知を受け、自らの体験をもとにがんなど病気に対する経済的備えの重要性を発信する。他、老後・介護・消費者問題にも注力。聖路加国際病院のがん経験者向けプロジェクト「おさいふリング」のファシリテーター、NPO法人がんと暮らしを考える会のお金と仕事の相談事業の相談員、一般社団法人患者家計サポート協会・顧問、城西国際大学・非常勤講師などを務める。

我妻 佳祐(わがつま けいすけ)

株式会社ライフシオン代表取締役。1981年山形県米沢市出身。京都大学大学院で生命保険を研究し、2006年に金融庁に入庁。保険行政を中心に金融行政に幅広く従事。2019年に金融庁を退職し、アクセンチュア株式会社で主に生命保険会社のコンサルティングに携わる。2022年に生命保険買取サービスを提供する株式会社ライフシオンを設立。京都大学大学院博士(理学)


先行きに待ち受ける未来の不安。「不安だから何もしない」から「どんなふうに対策すればいいのか」へシフトしていく必要


黒田)我妻さんは金融庁にいらしたそうですが、現在の「生命保険の買取り」事業の構想はお持ちだったのですよね?いずれは起業してご自分がこうしたサービスを始めよう、とその頃からお考えだったのですか?

我妻)大学院のときからそういうサービスがあることは知ってはいました。そのうち誰かが始めるんだろうな、と思っていたのですがなかなか現れない。民間企業に転職したタイミングで1度自分で事業をやってみたいというのはなんとなく思っていました。たまたまタイミングが合ったというのが正直なところでしょうか。

黒田さんも消費生活専門相談員の資格も取得されていて、より生活者目線でのお金の問題に向き合われていらっしゃる。


  width=

4月には新たに一般社団法人患者家計サポート協会を立ち上げるなど精力的に活動中の黒田さん

黒田)がんになる前に資格は取っていました。消費者トラブルのひとつに金融商品に関するものが多くなっていると感じるケースが増えていたので、消費者を守るために、どういった知識が必要なんだろう?と考えたのです。今ほど「人生100年」時代とは言われていなかった頃ですが、「長生きリスク」は問題視されていましたし、資産寿命を延ばすために、リスク許容度に合っていない金融商品に手を出したり、投資詐欺や金融トラブルに遭ったりする方も少なくありません。そさらに、老後は不安だけれども、とにかく、具体的にどうすればいいかわからないと感じる方もたくさんいます。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という諺にあるように漠然とした不安感に怯えるのではなく「どれくらいお金がかかって、どんなふうに備えればいいのか」という対策が見えれば、安心することができるものです。

FPとして、不安だから何もしない、という方々を少しでもなくしていきたい、という思いで活動しています。

我妻)わかります。先のことがわからないと個人にとって合理的な行動は「とにかく貯めこむこと」になってしまいます。これからの日本社会が取り組むべき課題としては「民間の終身年金の普及」というテーマがあると思っています。自分がいつまで生きるかは誰にもわからないので、想定より長生きしてもいいように節約・貯蓄というのが所得の少ない高齢者の基本的な行動パターンになってしまいますが、これは個人にとっては合理的なので、やめさせることは困難です。終身年金に加入することで、国民年金・厚生年金等と併せて毎月十分に生活を送っていける一生涯の所得があれば、節約や貯蓄は必ずしも合理的な選択肢にはならず、むしろ体が元気なうちに使ってしまうだとか、子や孫に贈与する、社会に寄付するなどの選択もしやすくなるでしょう。計算上は貯金を取り崩すよりも同額の終身年金に加入した方が明らかに得なのですが、日本だけではなく他の諸外国でも民間の終身年金は普及に苦しんでおり「終身年金パズル」と呼ばれて社会的に解決すべき問いのひとつと認識されています。

黒田)似たような話で言うと、例えば、医療保険は入院が長期化したときにこそ賄うものだと考えます。保険とは、「起こりうるリスクは低いけれど、起きたときに経済的に大きな損害が生じることに対して掛ける」ものだからです。確実に起きるのであれば貯蓄で賄えばいいわけですし。その観点からいえば、「日帰り入院でも支払われる」というのが本当に顧客ニーズに合致しているのか疑問です。保険の基本的な考え方からすると、免責期間を長くして保険料を抑え、長期入院の場合に保障が受けられた方が合理的だと思うわけです。

我妻)保険会社としてはそういう商品設計にしないと保険料が安くなりすぎてしまうという事情もあります。保険商品は「イザ」というときに給付を受けるためのものですから、そうでないときに給付が出るものは基本的に割高になると思うべきです。ただ、マーケティングとしてはそういう「余計な給付」がついたものの方が消費者には受け入れられているようで、リテラシーを高めることで競争の結果合理的な商品が選ばれるようになれば良いなと思います。


消費者にとって必要な「金融リテラシー」とは?日本で金融教育が進まない背景から導く解決策は


黒田)そうですよね。2017年3月、金融庁から「顧客本位の業務運営に関する原則」が発表されました。このなかで行政側は、これまでの法令改正などルールベースの対応ではなく、プリンシプルベースの原則を示し、金融事業者がこの原則に対して独自の方針を公表し、サービス提供の競い合いを促しています。そして、それが結果として国民の安定的な資産形成につなげていくという施策です。2021年1月の改訂時には、顧客のライフプラン等を踏まえた商品の提案などが追加されましたし、金融庁が求める金融事業者の自発的な流れに期待したいところなのですが、実際には、なかなか…。

やっぱり、金融商品やサービスを提供される消費者側にそれが自分にとって適切かどうか見極める目がある程度ないと難しいのかなと思っていたりします。日頃いろいろなお客様とお話をしている身からすると、消費者はもっと自分で金融リテラシーを高める努力をすべきですし、金融事業者はもっときめ細やかにリスク許容度を計るべきです。これらが双方向にならないと金融事業者もよい商品をつくらないので、どっちもどっちという(笑)。消費者保護は本当に難しい問題と感じています。

我妻)もちろん金融リテラシーはあるに越したことはないのですが、忙しい現代人にとってまた勉強しなければならないことが増えるというのは大変なことだとも思っています。金融庁時代の上司が「働き盛り世代は投資のことを考えていられるほどヒマじゃない」といっていたのが印象に残っていて、本当に必要な知識に絞って、負担をなるべく減らすことも重要だと思っています。また、そもそも金融は難しく、たとえば「日本人すべてに高校レベルの三角関数を理解させられますか?」というのと同じ話で、まず無理ですよね。政府が「貯蓄から投資」や「一億総株主」というのを本当に目指すのであれば、リテラシーが低い人でも金融サービスを使えるようにする、ということが重要なのだと考えています。では、具体的にどうするのかと言えば、FPさんに丸投げでいいのではないかと。

これはお世辞で言っているわけではなく、実際、アメリカではCFPが簡単な登録で顧客の資産を1億ドルまで限定的に運用できるRIAという制度があります。日本でもやっていけばよいのでは、と思ったりします。そうすれば金融リテラシーとして「株式」「債券」を教える必要すらなくなり、究極的には「インデックス型投資信託」と「つみたてNISA」「iDeCo」だけ知っておけば十分という考え方もアリなのではないかと思います。

黒田)なるほど。確かに「金融なんて勉強しても理解できないから、勉強するくらいなら年間手数料を払って丸投げしてやってもらう」というのは合理的で現実的な解決策です(苦笑)。そうなると、ここはやはり私たち独立系FPの力量が問われてきますよね。でもそこにもまた課題があって、日本FP協会の調査によるとFP事務所などで働く独立系FPの数は1割にも満たないですし、首都圏と地方ではFPの人数自体まったく異なります。

最近、お客さまから、「どこに行けば独立系FPに相談できますか?」や「FPさんはどうやって選べば良いですか?」というご質問を受けることも増えてきましたが我妻さんの「FP丸投げ論」で言うなら、FP自身が独立系でやっていけるスキルとキャリアを磨いていかなければとならない、という問題もあるのです。

金融リテラシーは要らない、と断言

我妻)アメリカの事例での「FP丸投げ」だと手数料は1%程度になりますから、預り資産額が10~20億円くらいにならないとFPが生活していけないということにもなりますしね。


情報に踊らされて一喜一憂しない主体性が消費者にも問われる。「なぜそれが必要なのか?」は最低限個人でも考えていこう


黒田)結局、我妻さんが先におっしゃった「最低限必要な金融リテラシー」で言うと、無理して勉強するのではなく、とにかく信頼がおけて、見合った成果を出してくれる金融サービスなどを利用すべき、というのが今の段階の正解かもしれませんね。

我妻)だと思います。実際のところ、これから「貯蓄から投資」をしてもらいたい投資の初心者が買ってもよい投資商品はインデックス型投資信託しかないので、信頼するFPさんと、個人の人生設計(ライフプラン)に合わせていくら買うかを決めていくということになるでしょう。

黒田)なるほど。それはまさに、金融リテラシーから一歩踏み込んだ「金融ケイパビリティ」の能力になるでしょうね。金融リテラシーが「知識」に焦点をあてているとすると、金融ケイパビリティは、「行動」に着目した、すでに欧米でも広まっている考え方です。日本では、まだあまりなじみがありませんが、金融リテラシーとして習得した金融の知識を持って、さらに金融にまつわる実践を踏むことが金融ケイパビリティに繋がるとされています。

それから、お客さまと接していて最近よく感じるのが、保険にしろ投資にしろ「何(WHAT)を買うか」ではなく、「なぜ(WHY)それを買うのか」を理解していないとダメ、ということです。お客さまに商品選定の理由をお聞きすると、「ネット上で、おすすめの商品としてランキングされていたから」や「セールスの人に強く勧められたから」というケースが少なくありません。難しい「問題」に対して、つい、わかりやすい「解答」に飛びついてしまう消費者のお気持ちはわかります。しかし、よくわからないままに買って、なぜそれを買うのか?という背景を理解していないと、多少値動きしても放置しておければいいのに途中であわてて解約したり、止めてしまう方が多い。「これを買え」に踊らされず、最初の段階で「なぜそれを買うべきなのか?」を理解しておく必要性は訴えていきたいところなのです。

お金と金融の専門家のお二人による議論は白熱

我妻)「なぜそれを買うのか」の回答は人生設計から逆算されて出てくるものだと思います。いわゆるゴールベース・アプローチですが、老後どのような生活を送りたいかを考え、無理なくそれを実現できる可能性の高い投資商品を買うというのが基本です。とはいえ、ふつうの人はそもそも人生設計をすること自体が簡単ではないので、FPと相談しながら一度ライフプランを立ててみて、その後は年に1回とか定期的にそのプランを見直すことで理想とする老後を迎えられるようにしていくことが重要なのだと思います。それは、「株式投資で資産を10倍にしよう」というようなものとは全く次元の異なるものですので、先ほど言ったような「金融教育で株式とはなにかを教える必要はない」というようなやや極論気味の理屈にも一理出てくると思っています。

黒田)コールベース・アプローチは、従来の市場株価がベースとなるマーケット・アプローチに対して、まさに「ライフプランありき」でアドバイスを行うFPにとっては、非常に重要な考え方です。人生の目標・ゴールと運用は関係ないといった考え方もありますし、ゴールベース・アプローチを単なる金融事業者のセールストークとして利用されるだけにとどまらないよう、消費者の金融リテラシーを向上させることは、私たちFPの社会的役割の一つだと考えています。

我妻)金融リテラシーとFPの役割についてとても有意義な議論ができたと思います。我々がなぜ金融リテラシーを高めていく必要があるのか、また、なにを学んでいくべきなのか、FP等の外部サービスをどのように活用していくべきかなど、これからも考えていきたいと思います。

我妻)本日はありがとうございました。

2023-06-08 17:08:00

【対談:後編】治療もお金の問題も、「正しい情報を得る」ことが不可欠。ファイナンシャルプランナー黒田 尚子さんと考える、経済毒性の影響

前編ではがん罹患経験者ならではの視点で、お金の問題やがんと共に進む生活についてお話をうかがいました。後編ではさらにがん患者の抱える3つの悩みに着目し、患者が知るべき経済的サポートについての在り方などをお聞かせいただきます。


がん治療における副作用のひとつに「経済毒性」という概念が。身体の副作用以上に家族に影響を及ぼす


我妻)これまでお話いただいてきたなかで黒田さんが現在注力なさっている活動としては、PF(パーソナルファイナンス)教育、医療や介護、消費者問題ということでした。ライフシオンはがん患者さんの資金需要にお応えするサービスとして、「生命保険の買い取り」事業を行っていますので、もう少し「がんとお金」にフォーカスしてお話をお聞かせいただこうと思います。

黒田)4月に一般社団法人患者家計サポート協会を立ち上げました。看護師FP🄬として全国でも珍しいがん患者さんからの相談を専門に受ける黒田ちはるさんが代表理事で、私は顧問という形です。当協会でも問題視して取り組んでいますが、がん治療の「経済毒性(Financial Toxicity)」という言葉は、最近、医療者の間でも問題視されている概念を表しています。がん治療に関連する経済的な負の作用を、吐き気や脱毛などの身体的毒性と同様に、副作用の1つとして捉えているわけです。

経済毒性はひとつには支出、次に資産(収入)、そして不安感という3つの要素から成り立っていて、これによってQOL(生活の質)が低下したり、治療成績に影響し生存期間が脅かされる可能性がある…とまで言われています。

一般的に、がん患者さんのお悩みには「身体的な問題」、「精神的な問題」、「社会経済的な問題」の3つがあると言われていますが、身体的な問題であれば医療者が治療してくれる。同様に、治療からくる精神面の不安定さや鬱病なども病院で手当てができますが、就労や治療費などが起因する社会経済的な問題に対してはどうでしょう。医療の進歩により、生存率が向上。治療期間が長期化したり、医療費が高額化したりしたことで、私が告知を受けたこの10年ほどで、社会経済的な問題は深刻化していると感じます。

我妻)「経済毒性」という非常に強い言葉ですが、不勉強ながら初めて知りました。患者さんは治療が長引けば収入のことも不安が解消されませんし、お金の不安があることですべてに対して影響が出るということなのですね。

「治療に起因する社会経済的な問題はここ10年でやっと出てきたばかり」と話す

黒田)そうなのです。けれど、この経済毒性については医療者の間でもまだまだ認知が充分でなく、がんをいかに治すか?メンタルのケアはどうするか?ということばかり目がいって、お金のことは「それって病院で医療者が考えるべきこと?」というスタンスの医療者も少なくありません。東京都が行った「がん医療等に係る実態調査(平成31年3月)」によると、ひとつ驚くべき結果が出ています。「がんと告知されて驚き、就労の継続をあきらめたため」と回答した人が約1割もいるのです。

これを私たちは「びっくり退職」と呼んでいます。がんになったことを悲観し、もうそんなに働けないなどの思い込みで退職した後に、安易に離職しなければ良かったと後悔するわけです。患者さんやご家族と最も接する機会の多い医療者や病院のなかでこそ、早い段階から治療と仕事の両立に対するアドバイスを行うべきです。さらには患者さんご本人だけでなく、家族も病院への付き添いやお世話、立ち合いなどで残業や出張ができずに手取りが減ります。通常のがん治療の副作用は、本人だけの問題ですが、このように、経済毒性は本人以外の家族にも影響を及ぼすといった点も重要です。

だからこそ、病院のなかで社会経済的な支援をアドバイスする受け皿が必要だと考えています。しかし、医療者はお金や社会保険の専門家ではありませんから、専門家である私たちにFPと患者さんをつなげてほしいと考えています。


がんに関わる登場人物、社会全体ががんにおけるリテラシーを向上させるべき


我妻)金融リテラシーについて話をしましたが、がんの状況も医療が日進月歩で進化しているので延命の治療ができたりと、治療期間が長期化しますよね。患者さん自身がそういった情報のリテラシーを高めていくことも欠かせないのですね。

黒田)そうですね。やはり、自分の生命がかかっているわけですから、医療者に丸投げという時代ではなくなっています。そして、患者さんやご家族だけでなく、がんになる前から、がんのこと、がん患者さんやそのご家族のことなどに関心を持ってほしいと思っています。   

あと、情報に関して最近感じているのは、量と質の見極めです。私ががんに罹患した頃は「がんは情報戦」と言われていた時代。いかに自分に有益なエビデンスがある情報を入手するか?といったことが盛んに言われていました。しかし、今の患者さんは、がんの疑いがある段階から、すぐにスマホで情報を検索しようとします。それが悪いとは言いませんが、検索した情報は玉石混交で、信頼できる情報でなければ振り回されてしまうだけです。影響を受けやすいのであれば検索は控える。検索するのであれば、一番最初はたとえば国立がん研究センターなどの信頼できる情報源にアクセスすることが大切です。そして、情報があり過ぎる今は、情報をいかに入手するか?よりも、自分に不要な情報をいかに捨てるか?の方が重要なのではないかと考えています。

「がんの周辺情報については、医療技術だけでなくアップデートしていかないとならない」

我妻)やはり正しい情報があってこそ、効果的にお金も使うことができるということですよね。残念なことに現在の段階では、私たちのサービスを医療者にお伝えする機会が充分ではないですから、黒田さんが立ち上げられた患者家計サポート協会のような機関を介して病院と患者さんをつなぐ、というのが理想なのかもしれません。

最後に読者の方へメッセージをお願いできますでしょうか。

黒田)がんとお金の問題はケースバイケースです。もし、今がんになってしまったら、医療費などの支出や収入などがどうなるかをイメージして、がんになる前に経済的備えをしておくことが大切です。使える公的制度についても確認しておきましょう。先進医療や自由診療など選択肢の幅を広げたいなら民間保険などを活用するのも一つです。ただ、そもそもがんになるかわからないですし、どういう状態で見つかるかも未知数。がんは早期発見でき、適切な治療が受けられれば、身体的、経済的な負担も軽減できますし、再発リスクも低減できます。経済的備えと同時に「がん予防」も重要です。また、自分が加入している保険の内容は、最低限しっかり理解しておくべきです。

我妻)ありがとうございました。私自身も大変勉強になりました。

黒田 尚子(くろだ なおこ)

CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士 CNJ認定乳がん体験者コーディネーター 消費生活専門相談員資格。1992年立命館大学部法学部卒業。同年4月日本総合研究所に入社、FP資格取得後に同社を退社し、1998年独立系FPとして転身を図る。2009年末に乳がん告知を受け、自らの体験をもとにがんなど病気に対する経済的備えの重要性を発信する。他、老後・介護・消費者問題にも注力。聖路加国際病院のがん経験者向けプロジェクト「おさいふリング」のファシリテーター、NPO法人がんと暮らしを考える会のお金と仕事の相談事業の相談員、一般社団法人患者家計サポート協会・顧問、城西国際大学・非常勤講師などを務める。

我妻 佳祐(わがつま けいすけ)

株式会社ライフシオン代表取締役。1981年山形県米沢市出身。京都大学大学院で生命保険を研究し、2006年に金融庁に入庁。保険行政を中心に金融行政に幅広く従事。2019年に金融庁を退職し、アクセンチュア株式会社で主に生命保険会社のコンサルティングに携わる。2022年に生命保険買取サービスを提供する株式会社ライフシオンを設立。京都大学大学院博士(理学)

2023-06-07 17:07:00

【対談:前編】「病気になってから初めて知る」ことを減らし、いざというときに困らないための情報発信に信念を注ぐ。ファイナンシャルプランナー黒田 尚子さん

 ファイナンシャルプランナーであり、がんや介護というご自身の体験を交え「経済的備え」の大切さをセミナーや講演活動、メディアをとおして情報発信をしている黒田 尚子さん。消費者問題にも注力し、「お金とくらし」におけるオピニオンリーダーです。「くらしをもっとフェアでゆたかに」をブランドメッセージとする『Lifon Library』にて、ライフシオンの代表である我妻 佳佑との対談が実現しました。ともに「お金と金融」の専門家同士によるクロストーク前編です。

黒田 尚子(くろだ なおこ)

CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士 CNJ認定乳がん体験者コーディネーター 消費生活専門相談員資格。1992年立命館大学部法学部卒業。同年4月日本総合研究所に入社、FP資格取得後に同社を退社し、1998年独立系FPとして転身を図る。2009年末に乳がん告知を受け、自らの体験をもとにがんなど病気に対する経済的備えの重要性を発信する。他、老後・介護・消費者問題にも注力。聖路加国際病院のがん経験者向けプロジェクト「おさいふリング」のファシリテーター、NPO法人がんと暮らしを考える会のお金と仕事の相談事業の相談員、一般社団法人患者家計サポート協会・顧問、城西国際大学・非常勤講師などを務める。

我妻 佳祐(わがつま けいすけ)

株式会社ライフシオン代表取締役。1981年山形県米沢市出身。京都大学大学院で生命保険を研究し、2006年に金融庁に入庁。保険行政を中心に金融行政に幅広く従事。2019年に金融庁を退職し、アクセンチュア株式会社で主に生命保険会社のコンサルティングに携わる。2022年に生命保険買取サービスを提供する株式会社ライフシオンを設立。京都大学大学院博士(理学)


 がんになって初めてわかる、「治療の前からお金がかかる」現実。病気になる前の段階から知るべき大切さ


我妻)先日は弊社の「生命保険の買取り」サービスについて説明会を開催しました際は、ファイナンシャルプランナー(以下FP)の視点から鋭いご質問などいただきました。黒田さんは多方面でご活躍されていますが、もともとは日本総合研究所さんにいらしたのですよね?

黒田)そうです。新卒でSE職で勤務しました。仕事柄、システム関連の資格を取得しなくてはならないのですが、1995年にFPという資格を知りまして、もともと金融や経済に興味がありましたので在職中に資格を取りました。

仕事はやりがいがありましたし、職場環境も良かったのですが、自分自身のSEとしてのセンスがあまりにもないな…と限界を感じて会社を退職し、世界一周の旅に出て…。帰国後、時間がありますし、頻繁にFPの勉強会や懇親会に参加していたところ、先輩に声をかけてもらってFPの仕事をスタートしたという経緯です。以降は主に個人のお客様のご相談や執筆、講演をしていて、結婚、出産を経ながらFPの活動も続けていました。

我妻)黒田さんはがんサバイバーでいらっしゃるとのことですね。ご自身のがん治療の経験を現在のご活動に活かしていこうとお考えになったのには、やはり当事者としての特別な思いや体験があったのでしょうか。

FPとしての活動をはじめ、多岐にわたって消費者のための経済情報を発信する黒田さん

黒田)そうですね。乳がんがわかったのは40歳、初めて受けた自治体のがん検診でマンモグラフィを受けたときです。今でこそ幸い再発もなく元気に暮らしていますけれど、当時子どもは5歳でしたし、5年生存率も50%ほどという状態。「こりゃ大変だ!」と。FPとして、お客さまにがん保険や医療保険の保障設計はしていますので、がんという病気は理解していたつもりでした。ところが、実際自分ががんになってみると、まったく正しく理解できてはいかなった。さらに、精密検査が進むにつれて「なんて金食い虫なんだ…!」と愕然としました。

「がんになってからお金がかかる」のではなくて、実際はがんがわかる前の診断確定から、マンモグラフィや超音波検査だけでなく、CTやMRI、骨シンチグラフィ、PETなどというように、次々と受けなければいけない検査ひとつとっても、ものすごくお金がかかるのです。これはあんまり知られていないことだと思います。

そうした不安の日々にあって、「がんと確定する前の段階の検査でこんなにお金がかかるのなら、がんが確定したら一体どれだけかかるんだろう?」と思っていたことを覚えています。それで、全摘手術を受けるために入院しているときに、「私のようにがんになった方がお金に困らないように、がんとお金の問題についてFPサバイバーとして伝えていきたい」と強く思ったのです。私が告知を受けた2009年当時は、「がんとお金」についての情報はまったくないに等しく、せいぜい高額療養費とか、医療費控除の概要出てくる程度でした。


がんになっても生活も、仕事も続けていける。そのために必要な情報をさまざまな立場の人が発信すべき


我妻)なるほど。「がんでお金がかかる」という一般に知られている以上のリアリティをお感じになったことと、FPとしての信念が相まって現在のご活動につながっているのですね。どれだけかかるから、どう備えたらいいのか。黒田さんの『がんとお金の本』は2011年に出版されています。わりとがん治療から時間を空けずに執筆されていますよね?

黒田)そうなのです。というか、ほぼ治療中に書いています。執筆しながら、術後しばらくして、がんの経済的リスクをテーマにした講演会を行うようになりました。そこで、主催者の方から「がんになって何年目くらいですか?」と聞かれるのですが、「いいえ、去年告知を受けてまだ治療中です」と言うとすごくびっくりされるのですよね(笑)。がんになっても見た目は元気だし、普通に生活や仕事をしているということに驚かれるわけです。告知を受けた当初は、家族から「がん患者なんだからパジャマを着て大人しく寝てろ」と言われたり、友人から「仕事は辞めるんだよね」とか決めつけられたりして、そうすべきなのか本当に悩みましたけど、今では、仕事を続けて本当に良かったと思っています。もちろん、個人差はありますが、がんになっても、これまでのような生活をすることができるし、仕事だってできる。人生を愉しむことを諦めなくても良いということを皆さんに知っていただきたいです。

「黒田さんのようなお金の専門家に私たちのサービスをご理解いただけてありがたい」

我妻)私どもはがん患者様ヘ向けた「生命保険の買取り」サービスを行っていますが、私自身はがんになったことはないので黒田さんのお話をお聞きしますと、自分たちが思っている以上の細かい部分でお金がかかっていくのだなと想像ができます。がんの患者さんは病院ではがん相談支援センターを頼られると思いますので、私たちも医療ソーシャルワーカーさんへサービスのご案内をしているところです。やはり最前線でお金のご相談を受けていらっしゃる方々ですから、私たちが単独でご説明する以上に機会の数も多いですし、よりサービスを必要な方に出会ってもいますから。

医療関係の方々に「生命保険の買取り」がどういうもので、どういったメリットがあるのかをご理解いただいて、治療生活で経済的にお困りの患者さんへ情報が伝わるといいなと考えているところです。

「がんになっても普通に生活もできるし、仕事もできる。そういうことを知ってほしい」

有効に活用するひとつの資産として生命保険を認識する必要性。新しい選択肢となる情報こそ、専門家が理解して発信していく


黒田)がん告知を受けた直後は、まるで「洗濯機のなかに放り込まれた」かのような、グルグルとした渦に巻き込まれた状態なんですよ。とにかく、がんを治すための目の前の治療と不安感、治療費や生活費のやりくりでいっぱいいっぱい。そのような状態にあるがん患者さんやご家族が、「生命保険の買取り」という選択肢を冷静かつ適切に検討できるかどうか難しいとは思います。だからこそ、病気になる前ですよね。もし、がんになってしまったときに自分が加入している生命保険が資産のひとつであって、それを何かあったときには活用する方法があるということは、知識や情報としてぜひ知っておくべきだと思います。

FPのような専門家であっても、まだまだ「生命保険の買い取り」は知られていないでしょう。先入観から日本では成立しない、と思い込んでいる方もいるかもしれません。だからこそ私たちのような患者支援を行っているFPから、生命保険を有効活用できる資産として考えられるんだよ、ということを伝えていくべきと考えています。

我妻)ありがとうございます。大変心強いですね。

後編へつづく

2023-05-11 17:06:00

【連載/金融教育】第2回:「貯蓄から投資へ」と言われ立ち止まってしまう人たちは、なにをすればいいか?

本連載の第1回では「難しすぎて根付かなかった金融教育」を止め、「ふつうの人が知っておくべき最低限のこと」に情報をしぼってお伝えしていくことをお話しました。


「金融教育」に入る前に、知っておくべき基本的な知識とは


1. 貯蓄から投資へ

そもそも、金融教育の本質的な狙いは「貯蓄から投資へ」の動きを加速させることです。このフレーズ自体は、高度成長期からバブル期にかけて日本人の資産が預貯金に偏ってしまい、銀行が大きなリスクを取った結果、バブル崩壊とともに金融システムが大きなダメージを受けたことの反省に基づいて、銀行だけにリスクを取らせるのではなく、国民ひとりひとりがリスクを引き受けていくことの重要性を説いたもので、預貯金を「投資」に振り向けていくことがここ30年間の金融行政の重要な目的でした。

ただ、残念なことに今でもそれは実現しておらず、2022年に岸田政権の「所得倍増プラン」において、改めてその重要性が再確認されたというのが現状です。

ここで、「貯蓄から投資へ」といったときの「貯蓄」は銀行などへの預貯金と考えてもよいとして、「投資」とはいったいなんなのでしょうか?パッと思いつくものを並べてみても、株式や債券、不動産、ファンドなどがあります。高級腕時計やトレーディングカードも投資対象として扱われることがありますし、かつてはゴルフ場会員権なども投資対象でした。「投資か?投機か?」という神学論争を呼び起こしますが、FXや仮想通貨も投資の一種であることは間違いないでしょう。

いずれにせよ、それまで金融知識のなかった人に「貯蓄から投資へ」というスローガンを投げかけたとしても、「投資しろといわれても具体的になにをすればいいのか?」という壁にぶつかってしまい、多くの人はそこで立ち止まってしまうのではないでしょうか?

では結局、投資初心者がやっておくといいことは?

結論からいってしまうと、金融について詳しくない人が投資するべきものは「インデックス型投資信託」のみです。これだけ知っておけば十分で、一生困ることはありません。金融教育でついつい「教育」されがちな株式や債券、不動産などの知識は全く必要ありません。とはいえ、金融について詳しくない人にとっては「インデックス型投資信託」という言葉自体を初めて聞いたという人も多いでしょう。そもそもどうやって買えばいいのかもわからないという人が大半なのではないでしょうか。

実は、これにもすでに明快な回答があります。それは「つみたてNISAをやればよい」ということです。よくニュースになっているので聞いたことくらいはあるのではないかと思いますが、つみたてNISAは、主要な投資対象がインデックス型投資信託であり(例外あり)、投資による収益が非課税となるので、投資初心者にはうってつけの制度です。新しいつみたてNISAでは、非課税の積立限度額が1,800万円になるので、仕事をリタイヤするまでの間に限度まで積み立てられれば、QOLの充実した老後を過ごすことができるのではないでしょうか。

なお、つみたてNISAにも「アクティブ型投資信託」や「成長投資枠」などの例外的なものがありますが、投資初心者の方はこれらを気にする必要はありません。これらは、しっかり勉強して投資の知識や経験が充実した人が利用すべきものです。投資にたいした興味がなく、勉強するつもりもないという、おそらくは大多数の「ふつうの人」は、これらを全く無視してしまって構いません。これまで、資産の大部分を預貯金で保有してきたような人は、その預貯金の一部を「インデックス型投資信託」に振り替えることこそが「貯蓄から投資へ」であると理解してよいです。

2023-04-27 17:05:00

年齢と所得水準で違う、「高額療養費制度」活用での負担額

がんと診断されて、どのくらいの治療費が必要になるのか不安になっている方も多いのではないでしょうか?実際、全国のがん相談支援センターでも、経済的なお悩みの相談は多く寄せられているようです。がんの治療は長期間にわたることも想定され、実際にどのくらいの費用がかかるかは人によっても当然異なってきます。

まずは、「高額療養費制度」を知っておくことが重要です。


制度を活用すると月の医療費負担は上限つきに。年齢と所得で変化


これは、1ケ月の医療費の負担が高額になった場合、負担額に上限を定める制度です。年齢や所得水準によってその上限は変わってきます。また、過去1年間に3回上限の支払を行った場合は、4回目はさらに上限が下がる「多数該当」という仕組みもあります。

69歳以下の方の上限額

年収 ひと月の上限額(世帯単位) 多数該当
約1,160万円~ 252,600円+(医療費-842,000)×1% 140,100円
約770万円~約1160万円 167,400円+(医療費-558,000)×1% 93,000円
約370万円~約770万円 80,100円+(医療費-267,000)×1% 44,400円
~約370万円 57,600円 44,400円
住民税非課税者 35,400円 24,600円

70歳以上の方の上限額

年収 ひと月の上限額(世帯単位) 多数該当
約1,160万円~ 252,600円+(医療費-842,000)×1% 140,100円
約770万円~約1160万円 167,400円+(医療費-558,000)×1% 93,000円
約370万円~約770万円 80,100円+(医療費-267,000)×1% 44,400円
~約370万円 57,600円外来のみの場合18,000円
(年間の上限額144,000円)
44,400円
住民税非課税者 24,600円外来のみの場合8,000円 なし
住民税非課税者(年金収入80万円以下など) 15,000円外来のみの場合8,000円 なし

※「医療費」は窓口負担額ではなく全額になります。例えば、3割負担の方で窓口で30万円支払った方は、医療費は100万円になります。(参考:https://www.mhlw.go.jp/content/000333279.pdf)

ただし、ここでの負担額に食事代や差額ベッド代などは含まれないことに注意が必要です。

がん患者の方ですと、「多数該当」となる場合も考えられますが、その場合、例えば69歳以下の年収770万円までの方ですと、どれだけ医療費がかかっても毎月の負担は44,400円に抑えられることになります。

1点気を付けておく必要があることとして、高額療養費制度は、申請してからお金が払い込まれるまでに3か月ほどかかってしまいます。いくらあとから補填されるとはいえ、やはり急な持ち出しは大変な方も多いと思います。
 そうしたトラブルに陥らないよう、入院などでまとまった支出があることが事前にわかっている場合は「限度額適用認定証」を取得しておくことをお勧めします。
 この認定証を窓口で提示すれば、支払額は高額療養費制度の上限額となるため、一時的にも高額の医療費を負担する必要はなくなります。認定証の発行には1週間程度かかる場合が多いようですが、発行手続きの詳細についてはご加入の健康保険組合、協会けんぽ、または市町村(国民健康保険・後期高齢者医療制度)など(保険証の記載をご確認ください)にお問い合わせください。


治療費はなんとかなったとしても、生活費は?個人の事情で大きく変わる経済的不安


このように、がんと診断されたからといって、突然生活ができなくなってしまうほどの多額の治療費がかかるというわけではありません。現在はがんの治療とお仕事を両立されておられる方も多数おられますし、治療費を継続的に負担しながら生活を送ることも十分可能でしょう。

とはいえ、少なからず毎月の支出が増えることは事実でしょうし、自営業やフリーランスの方などはお仕事をセーブしなければならなくなり収入が減ったりすることも考えられます。企業にお勤めの方にもさまざまな影響があることと思います。

また、保険適用にならない治療を行う場合は、上記の高額療養費制度やそもそもの公的医療保険は利用できず、医療費の全額が自己負担となってしまいます。日本では有効性が認められた治療は比較的速やかに保険適用となる傾向にありますが、がんの進行を考えるとその時間を待つこともできないという方もおられるでしょう。

さらに、がんの治療とは全く別の理由でまとまった資金が必要になることも考えられます。

そのような経済的なお悩みへの対応のひとつとして、生命保険の解約を検討される方もおられると思います。その際には、解約以外にも生命保険の売却という選択肢もあることをぜひ知っていてほしいと思います。

解約と売却を比較し、大きな金額が得られる方を選択することで、少しでも経済的な不安を取り除くことに貢献できれば幸いです。

1 2 3 4 5 6 7 8