コラム

2023-06-20 17:09:00

個人は「金融リテラシー」をどこまで持てるもの?不安の多い未来に消費者ができる対策について考える

ファイナンシャルプランナー(以下FP)の黒田尚子さんと金融庁出身の起業家であるライフシオンの我妻代表が、個人にとって必要な金融リテラシーをテーマに対談しました。日頃から身近に多くの顧客事例を目にしている黒田さんの考える消費者としての責任などをお聞きしました。

黒田 尚子(くろだ なおこ)

CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士 CNJ認定乳がん体験者コーディネーター 消費生活専門相談員資格。1992年立命館大学部法学部卒業。同年4月日本総合研究所に入社、FP資格取得後に同社を退社し、1998年独立系FPとして転身を図る。2009年末に乳がん告知を受け、自らの体験をもとにがんなど病気に対する経済的備えの重要性を発信する。他、老後・介護・消費者問題にも注力。聖路加国際病院のがん経験者向けプロジェクト「おさいふリング」のファシリテーター、NPO法人がんと暮らしを考える会のお金と仕事の相談事業の相談員、一般社団法人患者家計サポート協会・顧問、城西国際大学・非常勤講師などを務める。

我妻 佳祐(わがつま けいすけ)

株式会社ライフシオン代表取締役。1981年山形県米沢市出身。京都大学大学院で生命保険を研究し、2006年に金融庁に入庁。保険行政を中心に金融行政に幅広く従事。2019年に金融庁を退職し、アクセンチュア株式会社で主に生命保険会社のコンサルティングに携わる。2022年に生命保険買取サービスを提供する株式会社ライフシオンを設立。京都大学大学院博士(理学)


先行きに待ち受ける未来の不安。「不安だから何もしない」から「どんなふうに対策すればいいのか」へシフトしていく必要


黒田)我妻さんは金融庁にいらしたそうですが、現在の「生命保険の買取り」事業の構想はお持ちだったのですよね?いずれは起業してご自分がこうしたサービスを始めよう、とその頃からお考えだったのですか?

我妻)大学院のときからそういうサービスがあることは知ってはいました。そのうち誰かが始めるんだろうな、と思っていたのですがなかなか現れない。民間企業に転職したタイミングで1度自分で事業をやってみたいというのはなんとなく思っていました。たまたまタイミングが合ったというのが正直なところでしょうか。

黒田さんも消費生活専門相談員の資格も取得されていて、より生活者目線でのお金の問題に向き合われていらっしゃる。


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4月には新たに一般社団法人患者家計サポート協会を立ち上げるなど精力的に活動中の黒田さん

黒田)がんになる前に資格は取っていました。消費者トラブルのひとつに金融商品に関するものが多くなっていると感じるケースが増えていたので、消費者を守るために、どういった知識が必要なんだろう?と考えたのです。今ほど「人生100年」時代とは言われていなかった頃ですが、「長生きリスク」は問題視されていましたし、資産寿命を延ばすために、リスク許容度に合っていない金融商品に手を出したり、投資詐欺や金融トラブルに遭ったりする方も少なくありません。そさらに、老後は不安だけれども、とにかく、具体的にどうすればいいかわからないと感じる方もたくさんいます。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という諺にあるように漠然とした不安感に怯えるのではなく「どれくらいお金がかかって、どんなふうに備えればいいのか」という対策が見えれば、安心することができるものです。

FPとして、不安だから何もしない、という方々を少しでもなくしていきたい、という思いで活動しています。

我妻)わかります。先のことがわからないと個人にとって合理的な行動は「とにかく貯めこむこと」になってしまいます。これからの日本社会が取り組むべき課題としては「民間の終身年金の普及」というテーマがあると思っています。自分がいつまで生きるかは誰にもわからないので、想定より長生きしてもいいように節約・貯蓄というのが所得の少ない高齢者の基本的な行動パターンになってしまいますが、これは個人にとっては合理的なので、やめさせることは困難です。終身年金に加入することで、国民年金・厚生年金等と併せて毎月十分に生活を送っていける一生涯の所得があれば、節約や貯蓄は必ずしも合理的な選択肢にはならず、むしろ体が元気なうちに使ってしまうだとか、子や孫に贈与する、社会に寄付するなどの選択もしやすくなるでしょう。計算上は貯金を取り崩すよりも同額の終身年金に加入した方が明らかに得なのですが、日本だけではなく他の諸外国でも民間の終身年金は普及に苦しんでおり「終身年金パズル」と呼ばれて社会的に解決すべき問いのひとつと認識されています。

黒田)似たような話で言うと、例えば、医療保険は入院が長期化したときにこそ賄うものだと考えます。保険とは、「起こりうるリスクは低いけれど、起きたときに経済的に大きな損害が生じることに対して掛ける」ものだからです。確実に起きるのであれば貯蓄で賄えばいいわけですし。その観点からいえば、「日帰り入院でも支払われる」というのが本当に顧客ニーズに合致しているのか疑問です。保険の基本的な考え方からすると、免責期間を長くして保険料を抑え、長期入院の場合に保障が受けられた方が合理的だと思うわけです。

我妻)保険会社としてはそういう商品設計にしないと保険料が安くなりすぎてしまうという事情もあります。保険商品は「イザ」というときに給付を受けるためのものですから、そうでないときに給付が出るものは基本的に割高になると思うべきです。ただ、マーケティングとしてはそういう「余計な給付」がついたものの方が消費者には受け入れられているようで、リテラシーを高めることで競争の結果合理的な商品が選ばれるようになれば良いなと思います。


消費者にとって必要な「金融リテラシー」とは?日本で金融教育が進まない背景から導く解決策は


黒田)そうですよね。2017年3月、金融庁から「顧客本位の業務運営に関する原則」が発表されました。このなかで行政側は、これまでの法令改正などルールベースの対応ではなく、プリンシプルベースの原則を示し、金融事業者がこの原則に対して独自の方針を公表し、サービス提供の競い合いを促しています。そして、それが結果として国民の安定的な資産形成につなげていくという施策です。2021年1月の改訂時には、顧客のライフプラン等を踏まえた商品の提案などが追加されましたし、金融庁が求める金融事業者の自発的な流れに期待したいところなのですが、実際には、なかなか…。

やっぱり、金融商品やサービスを提供される消費者側にそれが自分にとって適切かどうか見極める目がある程度ないと難しいのかなと思っていたりします。日頃いろいろなお客様とお話をしている身からすると、消費者はもっと自分で金融リテラシーを高める努力をすべきですし、金融事業者はもっときめ細やかにリスク許容度を計るべきです。これらが双方向にならないと金融事業者もよい商品をつくらないので、どっちもどっちという(笑)。消費者保護は本当に難しい問題と感じています。

我妻)もちろん金融リテラシーはあるに越したことはないのですが、忙しい現代人にとってまた勉強しなければならないことが増えるというのは大変なことだとも思っています。金融庁時代の上司が「働き盛り世代は投資のことを考えていられるほどヒマじゃない」といっていたのが印象に残っていて、本当に必要な知識に絞って、負担をなるべく減らすことも重要だと思っています。また、そもそも金融は難しく、たとえば「日本人すべてに高校レベルの三角関数を理解させられますか?」というのと同じ話で、まず無理ですよね。政府が「貯蓄から投資」や「一億総株主」というのを本当に目指すのであれば、リテラシーが低い人でも金融サービスを使えるようにする、ということが重要なのだと考えています。では、具体的にどうするのかと言えば、FPさんに丸投げでいいのではないかと。

これはお世辞で言っているわけではなく、実際、アメリカではCFPが簡単な登録で顧客の資産を1億ドルまで限定的に運用できるRIAという制度があります。日本でもやっていけばよいのでは、と思ったりします。そうすれば金融リテラシーとして「株式」「債券」を教える必要すらなくなり、究極的には「インデックス型投資信託」と「つみたてNISA」「iDeCo」だけ知っておけば十分という考え方もアリなのではないかと思います。

黒田)なるほど。確かに「金融なんて勉強しても理解できないから、勉強するくらいなら年間手数料を払って丸投げしてやってもらう」というのは合理的で現実的な解決策です(苦笑)。そうなると、ここはやはり私たち独立系FPの力量が問われてきますよね。でもそこにもまた課題があって、日本FP協会の調査によるとFP事務所などで働く独立系FPの数は1割にも満たないですし、首都圏と地方ではFPの人数自体まったく異なります。

最近、お客さまから、「どこに行けば独立系FPに相談できますか?」や「FPさんはどうやって選べば良いですか?」というご質問を受けることも増えてきましたが我妻さんの「FP丸投げ論」で言うなら、FP自身が独立系でやっていけるスキルとキャリアを磨いていかなければとならない、という問題もあるのです。

金融リテラシーは要らない、と断言

我妻)アメリカの事例での「FP丸投げ」だと手数料は1%程度になりますから、預り資産額が10~20億円くらいにならないとFPが生活していけないということにもなりますしね。


情報に踊らされて一喜一憂しない主体性が消費者にも問われる。「なぜそれが必要なのか?」は最低限個人でも考えていこう


黒田)結局、我妻さんが先におっしゃった「最低限必要な金融リテラシー」で言うと、無理して勉強するのではなく、とにかく信頼がおけて、見合った成果を出してくれる金融サービスなどを利用すべき、というのが今の段階の正解かもしれませんね。

我妻)だと思います。実際のところ、これから「貯蓄から投資」をしてもらいたい投資の初心者が買ってもよい投資商品はインデックス型投資信託しかないので、信頼するFPさんと、個人の人生設計(ライフプラン)に合わせていくら買うかを決めていくということになるでしょう。

黒田)なるほど。それはまさに、金融リテラシーから一歩踏み込んだ「金融ケイパビリティ」の能力になるでしょうね。金融リテラシーが「知識」に焦点をあてているとすると、金融ケイパビリティは、「行動」に着目した、すでに欧米でも広まっている考え方です。日本では、まだあまりなじみがありませんが、金融リテラシーとして習得した金融の知識を持って、さらに金融にまつわる実践を踏むことが金融ケイパビリティに繋がるとされています。

それから、お客さまと接していて最近よく感じるのが、保険にしろ投資にしろ「何(WHAT)を買うか」ではなく、「なぜ(WHY)それを買うのか」を理解していないとダメ、ということです。お客さまに商品選定の理由をお聞きすると、「ネット上で、おすすめの商品としてランキングされていたから」や「セールスの人に強く勧められたから」というケースが少なくありません。難しい「問題」に対して、つい、わかりやすい「解答」に飛びついてしまう消費者のお気持ちはわかります。しかし、よくわからないままに買って、なぜそれを買うのか?という背景を理解していないと、多少値動きしても放置しておければいいのに途中であわてて解約したり、止めてしまう方が多い。「これを買え」に踊らされず、最初の段階で「なぜそれを買うべきなのか?」を理解しておく必要性は訴えていきたいところなのです。

お金と金融の専門家のお二人による議論は白熱

我妻)「なぜそれを買うのか」の回答は人生設計から逆算されて出てくるものだと思います。いわゆるゴールベース・アプローチですが、老後どのような生活を送りたいかを考え、無理なくそれを実現できる可能性の高い投資商品を買うというのが基本です。とはいえ、ふつうの人はそもそも人生設計をすること自体が簡単ではないので、FPと相談しながら一度ライフプランを立ててみて、その後は年に1回とか定期的にそのプランを見直すことで理想とする老後を迎えられるようにしていくことが重要なのだと思います。それは、「株式投資で資産を10倍にしよう」というようなものとは全く次元の異なるものですので、先ほど言ったような「金融教育で株式とはなにかを教える必要はない」というようなやや極論気味の理屈にも一理出てくると思っています。

黒田)コールベース・アプローチは、従来の市場株価がベースとなるマーケット・アプローチに対して、まさに「ライフプランありき」でアドバイスを行うFPにとっては、非常に重要な考え方です。人生の目標・ゴールと運用は関係ないといった考え方もありますし、ゴールベース・アプローチを単なる金融事業者のセールストークとして利用されるだけにとどまらないよう、消費者の金融リテラシーを向上させることは、私たちFPの社会的役割の一つだと考えています。

我妻)金融リテラシーとFPの役割についてとても有意義な議論ができたと思います。我々がなぜ金融リテラシーを高めていく必要があるのか、また、なにを学んでいくべきなのか、FP等の外部サービスをどのように活用していくべきかなど、これからも考えていきたいと思います。

我妻)本日はありがとうございました。