コラム

2023-06-07 17:07:00

【対談:前編】「病気になってから初めて知る」ことを減らし、いざというときに困らないための情報発信に信念を注ぐ。ファイナンシャルプランナー黒田 尚子さん

 ファイナンシャルプランナーであり、がんや介護というご自身の体験を交え「経済的備え」の大切さをセミナーや講演活動、メディアをとおして情報発信をしている黒田 尚子さん。消費者問題にも注力し、「お金とくらし」におけるオピニオンリーダーです。「くらしをもっとフェアでゆたかに」をブランドメッセージとする『Lifon Library』にて、ライフシオンの代表である我妻 佳佑との対談が実現しました。ともに「お金と金融」の専門家同士によるクロストーク前編です。

黒田 尚子(くろだ なおこ)

CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士 CNJ認定乳がん体験者コーディネーター 消費生活専門相談員資格。1992年立命館大学部法学部卒業。同年4月日本総合研究所に入社、FP資格取得後に同社を退社し、1998年独立系FPとして転身を図る。2009年末に乳がん告知を受け、自らの体験をもとにがんなど病気に対する経済的備えの重要性を発信する。他、老後・介護・消費者問題にも注力。聖路加国際病院のがん経験者向けプロジェクト「おさいふリング」のファシリテーター、NPO法人がんと暮らしを考える会のお金と仕事の相談事業の相談員、一般社団法人患者家計サポート協会・顧問、城西国際大学・非常勤講師などを務める。

我妻 佳祐(わがつま けいすけ)

株式会社ライフシオン代表取締役。1981年山形県米沢市出身。京都大学大学院で生命保険を研究し、2006年に金融庁に入庁。保険行政を中心に金融行政に幅広く従事。2019年に金融庁を退職し、アクセンチュア株式会社で主に生命保険会社のコンサルティングに携わる。2022年に生命保険買取サービスを提供する株式会社ライフシオンを設立。京都大学大学院博士(理学)


 がんになって初めてわかる、「治療の前からお金がかかる」現実。病気になる前の段階から知るべき大切さ


我妻)先日は弊社の「生命保険の買取り」サービスについて説明会を開催しました際は、ファイナンシャルプランナー(以下FP)の視点から鋭いご質問などいただきました。黒田さんは多方面でご活躍されていますが、もともとは日本総合研究所さんにいらしたのですよね?

黒田)そうです。新卒でSE職で勤務しました。仕事柄、システム関連の資格を取得しなくてはならないのですが、1995年にFPという資格を知りまして、もともと金融や経済に興味がありましたので在職中に資格を取りました。

仕事はやりがいがありましたし、職場環境も良かったのですが、自分自身のSEとしてのセンスがあまりにもないな…と限界を感じて会社を退職し、世界一周の旅に出て…。帰国後、時間がありますし、頻繁にFPの勉強会や懇親会に参加していたところ、先輩に声をかけてもらってFPの仕事をスタートしたという経緯です。以降は主に個人のお客様のご相談や執筆、講演をしていて、結婚、出産を経ながらFPの活動も続けていました。

我妻)黒田さんはがんサバイバーでいらっしゃるとのことですね。ご自身のがん治療の経験を現在のご活動に活かしていこうとお考えになったのには、やはり当事者としての特別な思いや体験があったのでしょうか。

FPとしての活動をはじめ、多岐にわたって消費者のための経済情報を発信する黒田さん

黒田)そうですね。乳がんがわかったのは40歳、初めて受けた自治体のがん検診でマンモグラフィを受けたときです。今でこそ幸い再発もなく元気に暮らしていますけれど、当時子どもは5歳でしたし、5年生存率も50%ほどという状態。「こりゃ大変だ!」と。FPとして、お客さまにがん保険や医療保険の保障設計はしていますので、がんという病気は理解していたつもりでした。ところが、実際自分ががんになってみると、まったく正しく理解できてはいかなった。さらに、精密検査が進むにつれて「なんて金食い虫なんだ…!」と愕然としました。

「がんになってからお金がかかる」のではなくて、実際はがんがわかる前の診断確定から、マンモグラフィや超音波検査だけでなく、CTやMRI、骨シンチグラフィ、PETなどというように、次々と受けなければいけない検査ひとつとっても、ものすごくお金がかかるのです。これはあんまり知られていないことだと思います。

そうした不安の日々にあって、「がんと確定する前の段階の検査でこんなにお金がかかるのなら、がんが確定したら一体どれだけかかるんだろう?」と思っていたことを覚えています。それで、全摘手術を受けるために入院しているときに、「私のようにがんになった方がお金に困らないように、がんとお金の問題についてFPサバイバーとして伝えていきたい」と強く思ったのです。私が告知を受けた2009年当時は、「がんとお金」についての情報はまったくないに等しく、せいぜい高額療養費とか、医療費控除の概要出てくる程度でした。


がんになっても生活も、仕事も続けていける。そのために必要な情報をさまざまな立場の人が発信すべき


我妻)なるほど。「がんでお金がかかる」という一般に知られている以上のリアリティをお感じになったことと、FPとしての信念が相まって現在のご活動につながっているのですね。どれだけかかるから、どう備えたらいいのか。黒田さんの『がんとお金の本』は2011年に出版されています。わりとがん治療から時間を空けずに執筆されていますよね?

黒田)そうなのです。というか、ほぼ治療中に書いています。執筆しながら、術後しばらくして、がんの経済的リスクをテーマにした講演会を行うようになりました。そこで、主催者の方から「がんになって何年目くらいですか?」と聞かれるのですが、「いいえ、去年告知を受けてまだ治療中です」と言うとすごくびっくりされるのですよね(笑)。がんになっても見た目は元気だし、普通に生活や仕事をしているということに驚かれるわけです。告知を受けた当初は、家族から「がん患者なんだからパジャマを着て大人しく寝てろ」と言われたり、友人から「仕事は辞めるんだよね」とか決めつけられたりして、そうすべきなのか本当に悩みましたけど、今では、仕事を続けて本当に良かったと思っています。もちろん、個人差はありますが、がんになっても、これまでのような生活をすることができるし、仕事だってできる。人生を愉しむことを諦めなくても良いということを皆さんに知っていただきたいです。

「黒田さんのようなお金の専門家に私たちのサービスをご理解いただけてありがたい」

我妻)私どもはがん患者様ヘ向けた「生命保険の買取り」サービスを行っていますが、私自身はがんになったことはないので黒田さんのお話をお聞きしますと、自分たちが思っている以上の細かい部分でお金がかかっていくのだなと想像ができます。がんの患者さんは病院ではがん相談支援センターを頼られると思いますので、私たちも医療ソーシャルワーカーさんへサービスのご案内をしているところです。やはり最前線でお金のご相談を受けていらっしゃる方々ですから、私たちが単独でご説明する以上に機会の数も多いですし、よりサービスを必要な方に出会ってもいますから。

医療関係の方々に「生命保険の買取り」がどういうもので、どういったメリットがあるのかをご理解いただいて、治療生活で経済的にお困りの患者さんへ情報が伝わるといいなと考えているところです。

「がんになっても普通に生活もできるし、仕事もできる。そういうことを知ってほしい」

有効に活用するひとつの資産として生命保険を認識する必要性。新しい選択肢となる情報こそ、専門家が理解して発信していく


黒田)がん告知を受けた直後は、まるで「洗濯機のなかに放り込まれた」かのような、グルグルとした渦に巻き込まれた状態なんですよ。とにかく、がんを治すための目の前の治療と不安感、治療費や生活費のやりくりでいっぱいいっぱい。そのような状態にあるがん患者さんやご家族が、「生命保険の買取り」という選択肢を冷静かつ適切に検討できるかどうか難しいとは思います。だからこそ、病気になる前ですよね。もし、がんになってしまったときに自分が加入している生命保険が資産のひとつであって、それを何かあったときには活用する方法があるということは、知識や情報としてぜひ知っておくべきだと思います。

FPのような専門家であっても、まだまだ「生命保険の買い取り」は知られていないでしょう。先入観から日本では成立しない、と思い込んでいる方もいるかもしれません。だからこそ私たちのような患者支援を行っているFPから、生命保険を有効活用できる資産として考えられるんだよ、ということを伝えていくべきと考えています。

我妻)ありがとうございます。大変心強いですね。

後編へつづく