コラム

2023-08-07 17:13:00

自動車販売店に保険代理店業務を禁止してはいけない理由

ビッグモーター関連の報道が止まりません。

次から次へと信じられないような報道がなされており、事実であったとすれば厳しく責任を問われることは間違いないでしょう。また、単なる個社の問題のみならず、構造的な問題についての意見も増えてきています。そのなかで、多少気になる意見があったので解説しておきたいと思います。

それは、「自動車販売店に保険代理店をさせてはいけない」という意見です。たとえば、弁護士で元大阪府知事の橋下徹氏は「大きな車の販売会社はもう保険代理店としては認めないという法律を作るしかない。」と発言されています。(出典:https://toyokeizai.net/articles/-/691136?page=3

これは利益相反(本来契約者の利益のために働くべき保険代理店が、自身の利益のために逆に契約者に損害を与えてしまうこと)を防ぐ観点からは一理あるのですが、実際にこのような法規制をしてしまえば、さらに大きな弊害が生じると思われます。

自動車販売店が保険代理店をできなくなったとき、何が問題となるのか

それは、自動車販売店が自動車保険を売れなくなれば、無保険の自動車が公道に出てしまう可能性が高くなるのではないかということです。通常、自動車を購入する場合、その購入店で自動車賠償責任保険(強制保険)に加入するとともに、任意の自動車保険への加入を勧められることになります。もし自動車販売店が保険を販売できなくなれば、他の代理店で加入しなければならないことになります。

自賠責は法令で加入が義務付けられていますので、常識的な自動車販売店であれば、自賠責への加入が確認されない限り納車しないというオペレーションになると思いますので、さすがに自賠責に加入していない自動車が公道に溢れることはないとは思いますが、問題は任意保険です。

自動車を購入しようと思ったことがある方は、任意保険の重要性を繰り返し聞いているはずです。自賠責では仮に他者に損害を与えた場合に損害の全額を補償することは難しく、損害の程度によっては被害者が泣き寝入りをしなければならないことは十分考えられます。そのため、任意保険に対人・対物無制限で加入することにより被害者に十分な補償ができるようにしておくことは、ドライバー個人を守るためではなく、被害者を守るための社会的な責任であるといえます。

自動車販売店が保険代理店をできなくなれば、ほぼ確実に任意保険に加入していない自動車が増えることになるでしょう。また、それこそビッグモーター社のように倫理感に欠ける自動車販売店であれば、自賠責すら加入していない自動車を納車してしまうかもしれません。

現在の任意保険の加入率は88%程度ですが、これをさらに引き上げることは引き続き重要な社会課題であり、下げることはあってはなりません。大手自動車販売会社が保険販売ができなくなれば、任意保険加入率が大きく下がってしまうことも十分に考えられます。

逆に考えれば、ビッグモーター社は損保ジャパン社と東京海上日動社が代理店委託を解消するとの報道が出ており、仮に残りの5社もこの動きに追随するとなれば、ビッグモーター社は保険の売れない中古車販売業者ということになります。ビッグモーター社は今のところ中古車販売業そのものは継続していますが、同社から任意保険未加入の自動車が大量供給されることのないように、なんらかの手立てを打つ必要があるでしょう。

今後一層バランスの取れた議論が望まれる

このように、保険商品のうちの一部には普及率を上げることに社会的なメリットがあります。

たとえば、現在日本に子育て世帯は約1,000万世帯ありますが、子育て中の親世代の毎年の死亡率がおおむね1,000分の1程度なので、大雑把に計算して毎年500世帯に1世帯は両親のどちらかが亡くなることになります。もし仮に生命保険がなければ、毎年数万人の子供が生活費を稼がなければならなくなり、本当にやりたかったことを諦めたり、チャレンジを断念したりしなければならなくなるでしょう。それは大きな社会的損失であり、生命保険を普及させることのメリットはそこにあります。

生命保険でも損害保険でも保険の募集に関しては何十年にもわたってトラブルを起こしてきているわけで、トラブルを無くすだけなら単に規制を厳しくすればいいのですが、普及させることも社会的な重要性があるのでそのバランスを取ることが難しいのです。

ビッグモーター社や代理店を委託していた損害保険会社の問題に絡んでこれからもさまざまな意見が出され、具体的な制度改正にもつながっていくかもしれませんが、こうした保険の社会的な効用にも目を配ったバランスの取れた議論が望まれるところです。

2023-08-07 17:12:00

【前編】仕事のこと家族のこと、「いつか来る未来」に淡く希望を託すのをやめた。今やらなければ死にきれないという覚悟で1日を生きる。起業家 中村 優志さん

「将来の夢」。この言葉に前提として「この先もずっと生きている未来」が含まれていることに気がつくのは、「明日が来るのが当たり前ではないかもしれない」という事実に直面したときかもしれません。それがまだ20代の青年であればなんら不思議のないこととして未来に想いを寄せるもの。現在、若き起業家として “日本酒” に焦点を充てて活動する中村 優志さんは、28歳でまさにそうした体験をしました。起業家として事業に対して中長期のビジョンを持ちつつも、ひとりの人間としての視点では “今日を生き切る” ことに価値観をシフトした原点についてお話をお聞きしました。


28歳でがん宣告。青年社長は高校生へも自身のがん体験を伝えていく。未来ある若者に「今をどう生きるべきか」問いかける


取材現場にさっそうと現れた株式会社リシュブルーの代表である中村 優志さんは、年相応のいかにも健康そうな青年そのものです。言われなければわずか2年前にがんの治療を受けていたとは信じられないほど。しかし中村さんは、ご自身のがん体験を積極的に発信することも会社経営と同等に大切にしているそうです。

「がん体験によって本当にたくさんのことが変化しました。以前は自分の考えを自ら発信することがそこまで得意ではなかったのですが、今はがん体験を含め積極的に発信するようになりました。僕の話がすべての人に刺さることはなくても、刺さる人もいるだろう、たった一人であっても僕の話で元気になってくれたらいいな、とそういう思いで発信しています。特にがん体験については都立高校ががん教育を始めたことから、高校生へ向けて講演活動も行っているんですよ」。そして、もっとも変化したことについては「考え方です」と、きっぱり。

28歳という若さでがんを体験し、現在は念願の起業を果たし意欲的に日々を生きる中村さん

「人間いつ死ぬかわからない。28歳でがんに罹患してから考え方がそのように変わりました。以降は、今日までの行動に対して明日死んだとしたら?後悔はなかった?と自問するようになりました。たとえば5年、10年後に向けてやりたいことがあったとして “今日も精いっぱいそこに向かっている” という自覚を持って生きるのと、“やりたいことはあるけどそれってなんとなく10年後くらいでしょ”という感覚で生きているのとでは、仮に明日死んだら?と問いかけたときに本気度も納得も違う。やりたいことがあるのなら、今すぐに取り組んでやろうとなったのが、一番変化したことです」と語ります。


起業はいつかできればいいと思っていた。順調なキャリアアップから「即行動へ」とシフトした契機とは


大学卒業以降に歩んできた金融業界での順調なキャリアを大きくシフトした中村さんですが、それまでは三井住友銀行の法人セクションで培った実績をもとにして、管理職のポストを用意されアクサ生命保険に転職を果たしています。ところが入社後半年にも満たないうちがんが発覚したのです。

「当時いろいろキャリアを描いていた矢先。新天地での仕事はさまざま構想していたタイミングでしたし、会社側も新しい支店を立ち上げるプロジェクトのリーダーとして登用してくれることになっていました。半年でそれらが崩れて一気にがくっとはなりましたよ、さすがに。けれど、がんの体験はさまざまな意味で転機になって人生を見つめ直すことになりました。アクサ在籍中に、頭のなかにあった起業を実現できたらな、と思うようになり、事業構想1年半ほどで2022年に会社を立ち上げて今に至ります。

がん体験を積極的に発信していくこともライフワークのひとつとする。「自分の体験を話すことで元気づけられたら」と語る

学生時代からいつか起業を、と考えていました。でも銀行というのは大変巨大な組織ですから管理職へ進んでステップを踏んでいくことを考えても、少なくとも10年以上かかる。ちょっとそれは待ちきれないぞ、と思っていたときに管理職で新規事業への参加という条件で迎えてくれた企業へ転職したのも、起業の夢へ近づくためでもあったのです」。

しっかりとご自身の計画のもと夢へ踏み出していたさなかの突然のがん体験は、「やりたいなら今やるべきだ」と一刻もむだにできないという衝動となり、即座に実行に移すこととなったのです。


生殖に関わるがんゆえに、漠然としていた家族との計画にもたらされた転換点。宣告時に重要な意思決定が迫られる現実


中村さんの罹患したがんは精巣がんでステージ1のC。10万人に1人と言われる稀ながんで、比較的若年層に多く発症するがんとされています。宣告時、既にご結婚もしていました。他の臓器と異なり生殖に関わる部位に発症したがんは、若いお二人に大きな動揺となったことは想像に難くありません。

「当時まだ新婚でしたし、具体的に子どもをどうしようなどの話すらしていませんでした。ですが今度は目の前の現実問題として直面し、抗がん剤治療をすると子どもができにくくなるとも聞いて。でもこれからかかるお金のこともあるし、病気になった体のこともあるしで、正直当時子どものことまで考える余裕がなかったというのが本音。それでも、見通しがつかないこの先に、どういう転換点が起きるかわからなかったものですから、精子は大学病院で冷凍保存をしています。今後の家族としての計画、あるいはこれからの妻と生きていく人生を考えるきっかけになったと思います」と、語る中村さんですが、実際、がん宣告をされるといっぺんに考え意思決定をしないとならない問題に直面します。

あまりにもたくさんの重要なテーマに突然向き合うことになった

それは治療法の選択や仕事への影響と手続き、治療期間中のお金のことなど、どれも重い内容ばかりです。本来であれば余裕をもって考えていきたいことすらも猶予がありませんでした。そのとき、ご家族や職場はどういった受け止め方だったのでしょうか。

「妻に対しては新婚間もない時期に突如、身体のことに始まりお金のことだとか、いろんな心配をかけてしまっていることが申し訳なくつらかったです。ですが、妻からしてみると僕が自分のことだけでなく、妻にかけている負担を案じている状態がかえってつらかったみたいで…。それぞれの立場から互いを思い合っていたこのだと思います。

職場は幸いにも保険会社でしたので、がんに対する理解も深く柔軟に対応してくれました。スムーズに休めるようにしてくれたので、なんの支障もありませんでしたから、仕事においては懸念のない状態で治療生活に進むことができたのです」。

中村さんの人生観を大きく変えたがん体験とは、どういったものだったのでしょうか。そして、その体験を乗り越えて今、どんな視座に立ち日々を生きているのか。後編につづきます。

中村 優志

1992年東京都生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業後2016年4月都市銀行法人セクション部に入社。5年間本店と長野支店を経たのち2021年3月フランス系保険会社に最年少管理職候補として転職。在職中の2021年7月精巣腫瘍が発覚。2022年6月株式会社リシュブルーを創業、代表取締役として“日本酒”に焦点を充てた事業を展開している。

2023-08-02 17:13:00

【後編】今日をどう生き切るかが、明日をつれてくる!病気のつらさを知る者だからこそ、社会や人へ届けられる勇気がある。起業家 中村 優志さん

 金融業界で順調なステップアップを果たしていた28歳のときに受けた突然のがん宣告。将来に抱いていた漠然とした夢や希望、家族と過ごす人生設計などが一度に現実のものとして立ち現れました。今ではがん体験を機に、大きく夢に向かっていきいきと生きる中村 優志さんですが、人生観をシフトした体験とは?また、立ち上げた事業ではどういった活動をしているのかについてお話をお聞きしました。

中村 優志

1992年東京都生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業後2016年4月都市銀行法人セクション部に入社。5年間本店と長野支店を経たのち2021年3月フランス系保険会社に最年少管理職候補として転職。在職中の2021年7月精巣腫瘍が発覚。2022年6月株式会社リシュブルーを創業、代表取締役として“日本酒”に焦点を充てた事業を展開している。


がんの治療はテレビの世界でしか知らなかった。髪が抜けるくらいかと思っていた抗がん剤治療の本当のつらさにダウン


中村さんの罹患した精巣がんは、若年層に多く稀ながんでもあったとのことでしたね。どういった治療を受けたのでしょうか。当時、冷静に治療計画を考えられたのでしょうか。

「当時はもちろん今よりも若かったわけですが、冷静に情報を調べて行動していました。治療内容は、最初は病巣の摘出手術が終われば治療もおしまい、となぜか勝手に思っていたのですが、病理検査の結果、がん細胞が体内に残っている可能性も懸念としてある、ということに。医師からはやっておいた方がいいかもしれない、くらいの感じで化学療法、いわゆる抗がん剤治療を薦められました。自分で考えて、手術後3ケ月で抗がん剤治療をはじめたのです」。ここでまず、当初より治療生活が長くなったわけですね。

「ステージ1でも病理の結果で抗がん剤の必要があるのか、と自分でも思いました。当時は特に葛藤なく抗がん剤治療をやろうと思ったのですが、ただ、今ふり返ると二度と経験したくないですね…!そもそもそういう治療についてテレビの世界の話しか知らず、これを乗り切ったら安心できるんだ、と思い込んでいたところがあります。純粋に知識がなかったので判断の材料が浅く、結果気軽に治療に進めたわけです」と心境をふり返る中村さん。

抗がん剤治療は「二度とやりたくない。それほどしんどかった」と語る

治療の選択肢があるということは、生きる可能性が増えることでもあります。中村さんは医師が薦めたからというより、自分の納得で治療を進めました。

「年齢が若いと副作用が強く現れると聞いていましたが、副作用はホントにしんどかった。しんどいので寝るんですが、寝てもしんどいから目が覚める。そのとき唯一心配だったのは腎臓のこと。僕は腎臓が生まれつき1個しかないというのを、社会人になって行ったCT検査で偶然初めて知りました。

一般の人より腎臓1個が大きく、仮に糖尿病などになったら替えが利かないので気をつけるように、と日ごろから言われていました。ですが抗がん剤治療は腎臓にすごく負担がかかるんですよ。1日15,6回くらいトイレに行って薬剤を尿と一緒に排出しなくてはならず。当時はそのことがすごく心配でした。想定していたとおり、抗がん剤を始めて2週間くらいから髪はバッサーと抜けていきました」と語る現在の中村さんの頭髪はすっかりもとどおり。新しく生えそろったとき、不思議なことに髪質も変わっていたそうです。


治療に入る際に立てた計画ではお金もなんとかなるはずだった…。治療費だけでなく生活費もかかる生活、キャッシュの入るタイムラグに苦闘


ところで、中村さんは金融業界でお勤めでしたがお金の工面や備えはいかがでしたか?

がんは治療費はさまざまの補助があるが実は困るのが働けない間の生活費の捻出だ。中村さんも当時とても難儀したそう

「勤務先は年俸制だったので、有休の間は給与が出ました。ただ、休職期間は出なくなります。治療開始の最初の1ヶ月は有休を充てつつ、以降3ヶ月間の休職期間は健康保険の傷病手当金を支給されました。ある程度これで計画はできたな、と思いきや、手当が支給されたのは復職の3日前!タイムラグを見誤って、治療費と生活費の算段は本当にギリギリとなってしまいました。これもひとつ想定外であわてましたね。

あと、仕事柄20代でも医療保険、がん保険、生命保険には加入していたものの、結局積み立てていた個人年金は解約せざるを得なくなりました。治療前にお金の計画を立てていた際、数ヶ月先のところでこれだけ入ってくるな、という見込みをしていたんですが、待てよ、そこまでもたないぞ、と思って。行員時代から積み立てていたのですが返戻率も60%ほどで、元本割れしていましたが手元資金がないよりは、ということで解約に至ったんです」。

今でこそがんについての情報はたくさん入手できますが、それでも「個体別」ということを私たちは渦中にいるとあまり考えられないものです。1人ひとり、がんの状況も違うので一般に言われる治療期間もあくまで目安でしかなく、実のところどれくらいの期間にわたってどれくらいのお金が必要になるのか?は、個人それぞれのケースに拠るのですね。

中村さんのように金融の知識があっても20代で罹患したら充分なお金の備えは難しいものです。治療に懸念なく臨むためにも、お金の工面をするさまざまな選択肢があると心強くいられるのではないでしょうか。どうにもできずに生命保険の解約を考える場合には、ライフシオンにご相談いただくこともがん患者様にはお伝えしていきたいところです。


体は動かなくても考えることはやめなかった。ビジネスの構想を現実に移した生きる力。銀行員時代にたくさんの事業を見てきた視点を活かして


苦しい治療を乗り越え、見事夢だった起業を実現しましたね。

「ええ。人間はいつ死ぬかわからないな、という価値観になってから自分が今何をしたいか、何ができるか、そのためにどういうふうに動いていこうとか、とそういう考えになっていましたので、治療中も体こそ動けませんでしたけど頭は激しく動き続けていました。現在推進しているビジネスもそのときに着想していたものです」。

中村さんのビジネスは、銀行員時代にさまざまな業界に対して改善感度をもって事業を眺めていた経験が着想のヒントにもなっていたとか。

笑顔が実に明るい。日々の充実が伝わってくる

「日本酒に焦点を充て、関連する諸々を事業化していきます。酒蔵、酒造業界サイドに寄り添ったものですね。わかりやすいのはスキンケア商品の開発や輸出、他に酒蔵のラベルのリブランディングなども、新しい試みに関心をもってくれる酒蔵さんを対象にして取り組んでいます。また、業界的にデジタル化なども課題のひとつですから、デジタルを活用した効率化にも着手しているところです」と語る中村さんは、いかにも充実した日々が垣間見えます。

日本酒によるビジネスの可能性を示唆する、というビジョンのもと企業経営をしているなかで、業界で当たり前になっていることも異業種経験を積んできた中村さんのような新しい視点からビジネスとして見ると、新たな発見やブレークスルーの芽も生まれるはずです。

「構造など大きな点だけでなく、手前のブランディング、マーケティング、プロモーションでできることもたくさんあると思っています。今は自分が主体になってやりたいことをできるので会社員時代とは違う面白さ、充実を感じられますが、もちろん起業したゆえの困難にも日々ぶつかりまくっていますよ(笑)」。


今日明日あさってくらいにフォーカスして楽しんで生きること。今が明日をつくるという生き方がくれた充実


「そうした自分の意思決定に基づく生活を送れる日々にあって、長期的なことは考えなくなりました。人生設計と考えた際、人はまだまだ未来があると考えてしまうものですよね。僕は逆に、昔は人生設計を考えている方でしたが今はほとんど考えません。正直、今日明日、あさってくらいの事しか考えていない。いかにそこにフォーカスして楽しんで生きていけるか、と考え方が変わったのです」。

メガバンカー経験でおそらくは多数の“一瞬先はわからない”企業経営の現場を目の当たりにしてきた中村さんは、決して安楽に起業を考えてはいません。それでも強くこう言い切る姿から、今日という日が本当はかけがえのない貴重な一日として感じられるのではないでしょうか。

ライフシオンの我妻と。二人とも金融業界でキャリアを積み、起業を果たした共通点から話が弾んだ

「今後の目標としては、まずは今日と明日を全力で生きる。これありきです。会社経営としては事業を大きくしていきたいです。そして、僕というフィルターを通してがんに限らず病気で苦しんでいる人たちを元気づけられたらいいな、と考えています」と、強い意思的なまなざしと共に持ち前のひと懐っこい笑顔を見せるのでした。

2023-07-25 17:12:00

一大事件となっているビッグモーター問題、保険業界側からみた真の問題点に迫る

ビッグモーター社による保険金の不正請求事件が世間を騒がせています。

ビッグ社が修理を依頼された自動車にゴルフボールや紙やすりでわざと傷をつけるなどして、保険金を水増し請求していたというにわかには信じがたい事件で、かつてバイクに乗っていた身として、信じて預けた愛車にそのような行為をされていたという自動車のオーナー様の心痛は大変なものかと思います。

ビッグ社の問題については他に譲るとして、ここでは損保会社側の問題について考えてみたいと思います。


日本保険業界史における最大級スキャンダルの可能性


一部報道では、損保会社側もそのような不正請求が行われていることを知っていたといわれています。報道ではマイルドに「不正請求」というワードを用いているのでしょうが、これは保険金詐欺にほかならず、損保会社が保険金詐欺の存在を知りながらそれを告発もせず、詐欺を働いた会社と取引を続けていたということになれば、損害保険の信頼を揺るがす大問題です。これが個社の問題にとどまらず、業界全体の問題となれば、日本の保険業界の歴史でも最大級のスキャンダルということになるでしょう。 

2000年代に保険金の不払いが大きな問題になりましたが、私見ではそれをはるかに超える大問題になりうると思っています。というのも、保険金の不払い問題は、極めて悪質な「意図的な不払い」と事務ミスやビジネスモデルの設計ミスによる「支払い漏れ」に分けられますが、前者はあくまでも特定個社の問題であり、業界全体の問題ではありませんでした。

損保会社が具体的な不正を知りながらそれを見逃していたとなれば悪質さは極めて高く、もし仮にそれが業界横断的なものだったとなれば損害保険業界の地盤を揺るがす問題になるでしょう。 

また、損保会社が保険金詐欺を知っていたかどうかは当然として、見抜けなかったのかも問われることになります。ビッグ社で修理した案件の損害額が他と比べて明らかに高かったことを把握していたのか、把握していながら疑問に思わなかったのかなど、損保会社もうすうす感づいていたのに自社の保険を強力に販売してくれるビッグ社に忖度して指摘をしなかったというような実態がなかったのかどうかが問題になるでしょう。


保険商品のわかりにくさ・売れにくさが引き起こした問題だった!


ところで、ビッグ社は保険代理店に過ぎず、本来は保険会社から管理・指導を受ける立場なのに、なぜこのような問題が生じたのでしょうか?

それは、保険商品がとても「わかりにくく」、それゆえに「売れにくい」商品であることが原因であると思います。

保険商品というのはとても特殊な商品で、買ったからといって消費者になにかわかりやすいメリットがあるわけでもないにもかかわらず、安くはない金額を長期間払い続けるというものです。そういう意味ではかなり哲学的な商品であり、本来、こういった商品を売ることは容易なことではないため、保険会社と「売れる」代理店の間での力関係の逆転が生じます。

ここで、もし消費者の側に保険商品を理解して本当に良いものを見抜く力があれば、そこまで代理店の力は強くはならないでしょう。「おいしい」とか「おもしろい」とか、直感的に理解できるものは消費者からみて「分かりやすい」商品であるため、「売る力」よりも商品のよしあしが売れ行きを決めることになります。

「わかりにくい」商品の筆頭格であろう保険商品については、代理店が「どれを売ろうとするか」が売れ行きに対して決定的な影響力を持つこととなります。ビッグ社に関する疑惑が出てきて以降、損保会社はビッグ社の修理工場の紹介をストップしていたところ、一部の損保は紹介を再開し、その代わりにその損保の商品を売ってもらっていたというような報道も出ているところです。


保険会社による代理店の管理・指導は可能なのか?問われるフェアなマーケット形成


金融庁も、保険代理店が消費者の利益にかなわない商品を販売すること(例えば、より適切な商品があるのに手数料の高い商品を消費者に勧めること)をなんとかしてやめさせようとはしていますが、保険金詐欺を見逃してくれる会社の商品を推奨していたという話なのであれば言語道断としかいいようがありません。保険代理店は保険業法で規制されている業種であり、登録なしでは保険募集ができません。保険業法違反があった場合や保険募集に関し著しく不適当な行為をした場合は登録を取り消されることになりますから、おそらく登録の取り消しは免れられないのではないでしょうか。

 また、代理店制度そのもののあり方も考える必要があります。力関係が容易に逆転しうるのに、保険会社が代理店を管理・指導するという制度が本当に実効的に機能するのか、形骸化していないかなどしっかり検討する必要があるでしょう。力関係が逆転している状態で、力の弱い保険会社が力の強い代理店を管理・指導するというのは果たして実効性があるといえるのでしょうか? 

今回の問題に限らず、一部の力のある保険代理店が保険マーケットの競争を歪めているとの指摘は常々なされているところです。フェアなマーケットの形成が望まれます。

2023-07-25 17:09:00

【前編】順風満帆なYoutuberとしての生活がパートナーのがん宣告で激変。互いに支え合いたいという思いで活動を前進できた サニージャーニー こうへいさん

 こうへいさんとみずきさんのお二人は、旅系カップルユーチューバー「サニージャーニー」として2022年4月から日本一周をキャンピングカーで巡る旅をスタート。順調に動画登録者も増えるなか、突如みずきさんにすい臓がん(ステージ4)が発覚。現在は治療に臨みながらがんについての情報発信も行い、時にさまざまな議論も巻き起こすなどしながら、明るさを失わない二人の姿勢に共感と応援が集まっています。今回は、最愛のパートナーが若くしてがんに罹患するという体験を現在進行形で生きるこうへいさんにインタビューを行いました。2人でひとつの夢を追う、家族の視点でこれまでとこれからを見つめます。

サニージャーニーはこうへいさんとみずきさんによる旅系ユーチューバーユニット

夢に向かう人気ユーチューバーとしての生活が一瞬で変わったあの日。いまもコツコツとコンテンツをつくり情報を発信する日々


「高知県に差し掛かったあたりで、みずきが大きく体調を崩しました。現地で可能な限り大きい病院へ行きましたが、うちの病院ではわからないということで愛媛の大きな病院へ自分達の判断で行くことにしました。その道中黄疸が出て、みずきが自分で調べたところ症状からすい臓がんの記事をたくさん見つけ、大急ぎで愛媛へ向かいました。医師にすい臓がんの可能性があると言われたのは愛媛の病院が初めてです」。

こうへいさんは二人の活動が、生活が一変した日のことを回想し「みずきの実家が札幌にあるので、戻って詳しい検査をすることにしたんです。結果、32歳では非常に珍しいと言われたすい臓がんであることがわかりました。1度札幌で腰を落ち着けて治療をしよう、ということになったのです」。

旅系カップルユーチューバーとして人気のこうへいさんとみずきさんは、「サニージャーニー」というユニットを組み、軽キャンピングカーで沖縄から日本を一周する旅を計画のもと、旅の様子をユーチューブで動画配信をしていました。二人のパーソナリティーを活かし、全国各地の観光スポットやご当地グルメの紹介動画や、ロードムービーのようなキャンピングカーでの生活が評判を呼び、着々と登録者数を増やす人気ユーチューバーとなっていきます。そんな折、高知県で体調に異変を感じたのは旅を始めておよそ半年ほどのことだったそうです。

「本当は1年、1年半とかゆっくりと時間をかけて日本一周をしようと話していました。がんがわかったのは旅を始めて半年ほどですから、急な状況の変化に遭遇したのです。旅の動画はそれまで半年間、週3本配信していましたが、以降は動画の種類も変更していきながら続けています。みずきのがんはすい臓がんのなかでも珍しいタイプの膵腺房細胞がんということもあり、経験者の情報も希少なのでそういったことも含めて情報発信していこう、ということになりました。けれど病気のことだけでなく、もともとやってきた旅のこと、みずきの夢であったヨーロッパへの旅の模様などもコンテンツにし、現在も発信を続けています」。


情報発信は大切な収入源、何よりもみずきさんの「続けたい」という強い意思があった


もともと注目度が高いサニージャーニーががんについて発信することは、たびたび話題となってきました。ただでさえ心身過酷な治療生活にあってもユーチューブで発信を続けるモチベーションはどんなものなのでしょう。

いつも明るく前向きなみずきさん。「動画を続けたい」という強い想いも

「みずきの意思です。最初、がんとわかったとき一番に話し合いました。動画、どうする?って。既に登録者もたくさんいて、僕らの動画を待ってくださる方々もいました。けれど、このまま何も言わずやめてもいいと思う、と当時僕は言いましたが、本人の“続けたい”という気持ちが強かった。今はユーチューブの他にブログや音声メディアといった動画以外での発信も始めています。治療初期にホントにこの先、みずきがどうなってしまうのかわからなくて、余命半年から2年と言われるなか、衰弱して動画を撮れなくなる可能性も含めて、本当に先の見通しが立てられない状態でした。  

この先動画という手段が難しくなることがこれから起きるかもしれないし、みずきが “あまり元気じゃない姿を見られたくない”という思いもありましたから」。

そういう意味でもペアの活動であったことでこうへいさんが活動を前進させることができ、みずきさんを第一に考えてあらゆる手段を模索してきました。そして、お二人にとってこれら情報発信は、治療生活を支える大切な収入源でもあります。


時間の大切さを意識するなかで、コンテンツ発信は「二人が支えあう」生きがいのかたちでもある


「やはり金銭面ではとても大きかったです。一般的にはがんになって思うように働くことができなくなったり、それで家族がその分を支えていく必要が出てきたりと、治療生活と充分な収入を両立していくことが非常に大変なことだと思います。でも、ユーチューバーである僕たちは、がんがわかったことである意味需要が生まれ、それによって動画視聴数が伸びるようになったりもしました。それに、自分で働く時間を調整することができますから、みずきを一番に優先して、空いた時間で仕事をし、生計を立てていけるという状況は本当にありがたかった。本当にたまたまそうできた、ということなのですが」と、こうへいさんが語るように、お勤め中の場合は会社に理解をいただき時短勤務を考慮してもらうなど、さまざまな組織内での制約のなかで、完全な休業ではなく「どのようにして働き続けられるのか」という工夫が問われます。

ユーチューブ配信は生活を支える手段でもあるが、二人で支え合って生きるひとつのカタチにもなっていく

お二人に関してはユーチューバーという働き方が今の状況に非常に合致し、みずきさんも完全にお休みするのではなく体調を考慮しながら仕事をする調整ができたわけです。

「そうですね。これは本人も、僕に支えられるだけよりも“自分も生活を支えていく”という生きがいのような感覚も持てていると思うんです。今は家事も僕が全部してある意味ずっと働き詰めみたいな状態なのですが、それをただ見ているというよりもコンテンツ発信をするということは、みずき本人にとっても心地良く過ごせている理由になっているのかもしれません。

余命宣告を受けていたので、二人の時間を大事にしたいとすごく思っていたので、そうした時間をたくさん持ててこられたのは本当にありがたいことでした」。  

今の時代だからこそ叶った、理想的な過ごし方をお二人は見出すことができたのかもしれません。そんなみずきさんは、取材の少し前に手術を受けて入院中でした。ずっと弱音を口にしなかった彼女が術後痛みに苦しむ姿を日々目にし、こうへいさんご自身もおつらい状況下でこのインタビューにご協力をしてくださいました。

【サニージャーニー/こうへい】旅系カップルユーチューバー「サニージャーニー」として活動中。32歳ですい臓がんのステージ4を宣告された妻・みずきと夫・こうへいによるユニット。2022年4月に軽キャンピングカーで沖縄を皮切りに日本一周旅行を計画し、旅の模様をユーチューブで配信し評判となる。2022年11月、がんであることを動画で報告、以降チャンネル登録者数は23万人を超え、旅だけでなく現在はすい臓がんにまつわる情報発信も行いながら、持ち前の明るさを失わず治療を続ける妻を全面的に支援しつつ、コンテンツ制作を担っている。 YouTubeこちらから

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