コラム

2023-06-08 17:08:00

【対談:後編】治療もお金の問題も、「正しい情報を得る」ことが不可欠。ファイナンシャルプランナー黒田 尚子さんと考える、経済毒性の影響

前編ではがん罹患経験者ならではの視点で、お金の問題やがんと共に進む生活についてお話をうかがいました。後編ではさらにがん患者の抱える3つの悩みに着目し、患者が知るべき経済的サポートについての在り方などをお聞かせいただきます。


がん治療における副作用のひとつに「経済毒性」という概念が。身体の副作用以上に家族に影響を及ぼす


我妻)これまでお話いただいてきたなかで黒田さんが現在注力なさっている活動としては、PF(パーソナルファイナンス)教育、医療や介護、消費者問題ということでした。ライフシオンはがん患者さんの資金需要にお応えするサービスとして、「生命保険の買い取り」事業を行っていますので、もう少し「がんとお金」にフォーカスしてお話をお聞かせいただこうと思います。

黒田)4月に一般社団法人患者家計サポート協会を立ち上げました。看護師FP🄬として全国でも珍しいがん患者さんからの相談を専門に受ける黒田ちはるさんが代表理事で、私は顧問という形です。当協会でも問題視して取り組んでいますが、がん治療の「経済毒性(Financial Toxicity)」という言葉は、最近、医療者の間でも問題視されている概念を表しています。がん治療に関連する経済的な負の作用を、吐き気や脱毛などの身体的毒性と同様に、副作用の1つとして捉えているわけです。

経済毒性はひとつには支出、次に資産(収入)、そして不安感という3つの要素から成り立っていて、これによってQOL(生活の質)が低下したり、治療成績に影響し生存期間が脅かされる可能性がある…とまで言われています。

一般的に、がん患者さんのお悩みには「身体的な問題」、「精神的な問題」、「社会経済的な問題」の3つがあると言われていますが、身体的な問題であれば医療者が治療してくれる。同様に、治療からくる精神面の不安定さや鬱病なども病院で手当てができますが、就労や治療費などが起因する社会経済的な問題に対してはどうでしょう。医療の進歩により、生存率が向上。治療期間が長期化したり、医療費が高額化したりしたことで、私が告知を受けたこの10年ほどで、社会経済的な問題は深刻化していると感じます。

我妻)「経済毒性」という非常に強い言葉ですが、不勉強ながら初めて知りました。患者さんは治療が長引けば収入のことも不安が解消されませんし、お金の不安があることですべてに対して影響が出るということなのですね。

「治療に起因する社会経済的な問題はここ10年でやっと出てきたばかり」と話す

黒田)そうなのです。けれど、この経済毒性については医療者の間でもまだまだ認知が充分でなく、がんをいかに治すか?メンタルのケアはどうするか?ということばかり目がいって、お金のことは「それって病院で医療者が考えるべきこと?」というスタンスの医療者も少なくありません。東京都が行った「がん医療等に係る実態調査(平成31年3月)」によると、ひとつ驚くべき結果が出ています。「がんと告知されて驚き、就労の継続をあきらめたため」と回答した人が約1割もいるのです。

これを私たちは「びっくり退職」と呼んでいます。がんになったことを悲観し、もうそんなに働けないなどの思い込みで退職した後に、安易に離職しなければ良かったと後悔するわけです。患者さんやご家族と最も接する機会の多い医療者や病院のなかでこそ、早い段階から治療と仕事の両立に対するアドバイスを行うべきです。さらには患者さんご本人だけでなく、家族も病院への付き添いやお世話、立ち合いなどで残業や出張ができずに手取りが減ります。通常のがん治療の副作用は、本人だけの問題ですが、このように、経済毒性は本人以外の家族にも影響を及ぼすといった点も重要です。

だからこそ、病院のなかで社会経済的な支援をアドバイスする受け皿が必要だと考えています。しかし、医療者はお金や社会保険の専門家ではありませんから、専門家である私たちにFPと患者さんをつなげてほしいと考えています。


がんに関わる登場人物、社会全体ががんにおけるリテラシーを向上させるべき


我妻)金融リテラシーについて話をしましたが、がんの状況も医療が日進月歩で進化しているので延命の治療ができたりと、治療期間が長期化しますよね。患者さん自身がそういった情報のリテラシーを高めていくことも欠かせないのですね。

黒田)そうですね。やはり、自分の生命がかかっているわけですから、医療者に丸投げという時代ではなくなっています。そして、患者さんやご家族だけでなく、がんになる前から、がんのこと、がん患者さんやそのご家族のことなどに関心を持ってほしいと思っています。   

あと、情報に関して最近感じているのは、量と質の見極めです。私ががんに罹患した頃は「がんは情報戦」と言われていた時代。いかに自分に有益なエビデンスがある情報を入手するか?といったことが盛んに言われていました。しかし、今の患者さんは、がんの疑いがある段階から、すぐにスマホで情報を検索しようとします。それが悪いとは言いませんが、検索した情報は玉石混交で、信頼できる情報でなければ振り回されてしまうだけです。影響を受けやすいのであれば検索は控える。検索するのであれば、一番最初はたとえば国立がん研究センターなどの信頼できる情報源にアクセスすることが大切です。そして、情報があり過ぎる今は、情報をいかに入手するか?よりも、自分に不要な情報をいかに捨てるか?の方が重要なのではないかと考えています。

「がんの周辺情報については、医療技術だけでなくアップデートしていかないとならない」

我妻)やはり正しい情報があってこそ、効果的にお金も使うことができるということですよね。残念なことに現在の段階では、私たちのサービスを医療者にお伝えする機会が充分ではないですから、黒田さんが立ち上げられた患者家計サポート協会のような機関を介して病院と患者さんをつなぐ、というのが理想なのかもしれません。

最後に読者の方へメッセージをお願いできますでしょうか。

黒田)がんとお金の問題はケースバイケースです。もし、今がんになってしまったら、医療費などの支出や収入などがどうなるかをイメージして、がんになる前に経済的備えをしておくことが大切です。使える公的制度についても確認しておきましょう。先進医療や自由診療など選択肢の幅を広げたいなら民間保険などを活用するのも一つです。ただ、そもそもがんになるかわからないですし、どういう状態で見つかるかも未知数。がんは早期発見でき、適切な治療が受けられれば、身体的、経済的な負担も軽減できますし、再発リスクも低減できます。経済的備えと同時に「がん予防」も重要です。また、自分が加入している保険の内容は、最低限しっかり理解しておくべきです。

我妻)ありがとうございました。私自身も大変勉強になりました。

黒田 尚子(くろだ なおこ)

CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士 CNJ認定乳がん体験者コーディネーター 消費生活専門相談員資格。1992年立命館大学部法学部卒業。同年4月日本総合研究所に入社、FP資格取得後に同社を退社し、1998年独立系FPとして転身を図る。2009年末に乳がん告知を受け、自らの体験をもとにがんなど病気に対する経済的備えの重要性を発信する。他、老後・介護・消費者問題にも注力。聖路加国際病院のがん経験者向けプロジェクト「おさいふリング」のファシリテーター、NPO法人がんと暮らしを考える会のお金と仕事の相談事業の相談員、一般社団法人患者家計サポート協会・顧問、城西国際大学・非常勤講師などを務める。

我妻 佳祐(わがつま けいすけ)

株式会社ライフシオン代表取締役。1981年山形県米沢市出身。京都大学大学院で生命保険を研究し、2006年に金融庁に入庁。保険行政を中心に金融行政に幅広く従事。2019年に金融庁を退職し、アクセンチュア株式会社で主に生命保険会社のコンサルティングに携わる。2022年に生命保険買取サービスを提供する株式会社ライフシオンを設立。京都大学大学院博士(理学)