コラム
高齢者のがんを治療しない場合の余命や影響は?緩和ケア・終末期医療も紹介

高齢化社会を迎えた日本では、「がん」は誰にとっても他人事ではない病気となりつつあります。75歳以上の後期高齢者ががんと診断された場合、体力や生活環境、価値観の違いから、治療の選択において若年層とは異なる判断が求められる場面が増えています。
本記事では、「高齢者ががん治療を受けないとどうなるのか?」という疑問に対して、治療を選択しない理由やその後の影響、余命、緩和ケアや終末期医療の重要性など、多角的な視点から解説します。
▼この記事の監修者
山本康博 先生
呼吸器内科専門医
MYメディカルクリニック横浜みなとみらい院長東京大学医学部医学科卒業。
<保有資格>
日本呼吸器学会認定呼吸器内科専門医
日本内科学会認定総合内科専門医
高齢者とがんの関係
高齢化が進む日本において、「がん」と「高齢者」は切っても切り離せない関係にあります。世界保健機関(WHO)では65歳以上を高齢者と定義しており、日本でも同様に65歳以上を高齢者とし、65〜74歳を「前期高齢者」、75歳以上を「後期高齢者」と細かく区分して扱っています。
厚生労働省が公表している2020年の「全国がん登録」によると、全国でがんと診断された患者のうち、約75%が65歳以上です。
そこで本記事では、75歳以上の方を「高齢者のがん患者」として捉え、その年代特有の身体的・社会的背景をふまえた治療やサポートのあり方について、詳しく解説します。
出典: 厚生労働省「全国がん登録 / 全国がん登録罹患数・率 都道府県一覧 年齢階級別罹患数・率」
高齢者のがん患者の治療に対する考え方

がんの治療と一口に言っても、年齢や体力、持病の有無によってその考え方や優先すべき点は大きく異なります。若い世代の患者であれば、長期的な回復や社会復帰を目指して積極的な治療を選択するケースが多い一方で、高齢者の場合は、治療の目的そのものが「完治」よりも「生活の質(QOL)の維持」へとシフトすることも少なくありません。
また、治療を受けないという選択肢をとる患者もいます。それは決してあきらめではなく、自分らしい人生の終末期を考えたうえでの判断である場合も多く、医学的な視点だけでなく、本人の価値観や生活状況を尊重した意思決定が重要です。
治療の影響と目的の違い
高齢者のがん治療では、治療による身体への負担が大きな課題です。たとえば抗がん剤の副作用である吐き気や倦怠感、手術後の回復力の遅れなどは、若年層に比べて重く出やすい傾向があります。
また、糖尿病や心疾患などの持病を抱えている場合、治療の副作用が持病を悪化させるリスクもあります。
さらに、「治療の目的」が異なる点も重要です。若い患者では「完治」や「長期生存」が第一の目標ですが、高齢者の場合は「いかに苦痛を少なく、日常生活を維持できるか」といったQOL(生活の質)を重視した治療が選択されることが多くあります。
無理に治療を行って長期入院になった結果、歩行機能や認知機能が低下するケースもあるため、治療のメリットとデメリットを比較し、自身にとって最適な方法を選ぶことが大切です。
がんの治療を選択しない場合
高齢者ががんの診断を受けた際、あえて治療を受けない選択をすることがあります。これは「何もせずに放っておく」ということではなく、本人の生活スタイルや人生観に基づいた前向きな判断であることも多く、尊重すべき選択です。
ここでは、高齢者ががん治療を行わない場合のよくある理由を紹介します。
治療よりも、残りの時間を充実させたい
高齢者の中には、治療によるつらさや副作用に耐えるよりも、「残りの人生を自宅で家族と穏やかに過ごしたい」と考える方が少なくありません。治療に伴う入退院や食欲不振、身体の衰弱などが精神的なストレスにつながり、かえって生活の質が下がってしまうことを避けたいという思いが背景にあります。
特に、がんの進行が比較的ゆるやかで、今すぐに命に関わらない状態であれば、「治療をしない」という選択も意思決定の1つです。
緩和ケアや在宅医療などを活用しながら、残された時間をより有意義に過ごす道を選ぶ人も増えています。
抗がん剤や手術に耐えられる自信がない
がん治療は、体力を大きく消耗するケースが多く、高齢者にとっては「治療を乗り越える自信がない」という不安があることも、治療を控える理由の1つです。特に後期高齢者では、治療の途中で体調を崩してしまい、かえって生活が困難になるリスクもあります。
また、心臓病や呼吸器疾患といった慢性疾患を抱えている場合、抗がん剤の副作用が命に関わるリスクを生む可能性もあります。
「治療による延命よりも、身体に負担をかけない道を選びたい」との判断は、合理的ともいえます。
がんを治療しない場合の余命とは?
がんと診断されたとき、多くの人が「治療を受けるかどうか」を一度は考えます。そして中には、あえて治療を受けない選択をする高齢者も存在します。
前提として、「がんを治療しない場合の余命がどれくらいか」という問いに対しては、明確な数字を示すのは非常に難しいということを理解しておく必要があります。
なぜなら、がんには種類や進行のスピード、がん細胞の悪性度、転移の有無などによって病状の進行が大きく異なり、個人差が非常に大きいためです。
進行が速いものもあれば、進行が緩やかで何年も症状が出ないまま経過するものもあります。そのため、「治療をしなければ○年」というような一律の基準はなく、あくまで医師による個別の診断が重要です。
それでは、治療を受けないとどうなるのか詳しく見ていきましょう。
・山本康博先生より
がんを治療しないという選択に、正解・不正解はありません。とくに高齢の方では、治療そのものよりも、治療に伴う苦痛や生活機能の低下の方が問題になることも多くあります。診断後すぐに治療に進まず、一度立ち止まって「何を優先したいか」を考えることも大切です。私たち医療者は、治療を選んだ方にも選ばなかった方にも、同じように寄り添い、最善のサポートを提供する立場であると考えています。
治療をしない場合はどうなるのか?
がん治療を受けない場合、病気の進行に伴って症状が悪化する可能性があります。がんは時間とともに大きくなり、周囲の臓器を圧迫したり、血管や神経に浸潤したりすることで、さまざまな身体的な不調を引き起こします。
たとえば、肺がんが進行すると息切れや血痰、慢性的な咳が出るようになります。胃がんでは食欲の低下や吐き気、腹部の張りなどが現れ、最終的には食事がとれなくなることもあります。
肝臓や骨などに転移すれば、強い痛みや倦怠感、黄疸、骨折などが生じ、QOLが大きく低下しかねません。
また、がんが進行すると免疫力が低下し、感染症や合併症(肺炎、腎不全など)を起こしやすくなるため、それが死因となる場合もあります。
さらに、体力や筋力の低下が顕著になり、寝たきりの生活や日常動作の介助が必要になるケースもあります。
本人や家族にとって「つらい症状をどうやって和らげるか」が重要な課題です。治療をしない選択をする場合でも、緩和ケアは積極的に行うべきであり、人生の終末期をできる限り穏やかに過ごすための支援体制を整えることが大切です。
治療しない場合の緩和ケア・終末期医療の重要性

がんの治療を選択しなかった場合でも、人生の質を損なわず、残された時間をできる限り穏やかに過ごすための医療が存在します。それが「緩和ケア」や「終末期医療」と呼ばれるアプローチです。これらは、がんの進行による苦痛や不安をやわらげ、本人や家族が納得のいくかたちで日々を過ごすために欠かせないものです。
単に延命を目指すのではなく、その人らしい最期を支えるという視点が大切にされています。緩和ケアと終末医療について詳しく見ていきましょう。
緩和ケアとは何か?
緩和ケアは、がんによって引き起こされる身体的な痛みや吐き気、息苦しさといった症状だけでなく、不安や孤独、喪失感といった心の苦しみや悩みにも目を向けて、その人の全体的な苦痛を和らげるための医療です。
多くの方が「緩和ケア=終末期医療」と思いがちですが、実際には、がんが診断された段階からでも受けることができます。治療をする・しないにかかわらず、がんという病気とともに生きていくなかでの不安やつらさを軽減し、生活の質(QOL)を保つことが目的です。
たとえば、痛みが強いときには適切な薬剤を使ってコントロールしたり、食欲が落ちたときには栄養管理のアドバイスを受けたりします。また、心理的な支援を受けて気持ちの落ち込みを和らげたりすることも含まれます。
終末期医療とは?
終末医療とは、治療ではなく「残された時間を穏やかに過ごすこと」を目標にした医療のことです。がんが進行し、延命治療や根本的な治療が難しくなったときに、苦痛をできるだけ取り除き、最期まで人としての尊厳を守った生活が送れるよう支援します。
無理な延命措置や不必要な検査を避ける一方で、呼吸の苦しさや痛み、不安感などに対する緩和を重視します。たとえば、自宅で過ごしたいという本人の希望がある場合は、訪問診療や訪問看護を利用して自宅での看取りを支援する体制を整えます。
医師や看護師、薬剤師、ソーシャルワーカー、介護職などの多職種が連携して支える「チーム医療」として提供され、本人の意思を尊重するケアを徹底します。
「人生の最終段階をどのように過ごすか」は人それぞれですが、その選択肢を広げ、穏やかな時間を実現するために、終末期医療は極めて重要です。
・山本康博先生より
緩和ケアや終末期医療は、「治療をしないから受けるもの」ではなく、「よりよく生きるために誰でも受けられる医療」です。特に高齢のがん患者さんにとっては、症状の緩和や不安の軽減が、日々の安心につながります。早期から緩和ケアチームと連携することで、身体的な苦痛だけでなく、心のゆらぎにも対応できる環境が整います。
高齢者のがん、治療しない場合の余命と生活の質を考える
高齢者ががん治療を受けるか否かという選択は、単に「延命」を目指すかどうかという問題にとどまらず、「どう生きるか」「どう最期を迎えるか」という深い問いに直結しています。
治療を行わないことで余命が短くなる可能性はある一方で、つらい副作用から解放され、穏やかな時間を大切に過ごせるという選択肢も存在します。
治療を受けることだけを正解とせず、緩和ケアや終末期医療など、心身の負担を軽減しながら生活の質(QOL)を守る医療体制を整えることが重要です。本人の意思を尊重し、ご家族や医療スタッフと丁寧に話し合いを重ねることで、一人ひとりにとっての最善の選択肢が見えてくるはずです。
先進医療とは?種類や費用が高額な理由など簡単に解説

がん治療において「先進医療」という言葉を耳にすることが増えましたが、実際にどのような医療を指すのか、正しく理解している方は多くありません。
先進医療は、厚生労働大臣が認めた高度な医療技術であり、公的医療保険の対象外ながら、安全性や有効性が評価されている段階の治療です。
この記事では、先進医療の定義や標準治療との違い、費用が高額になる理由、受けるための方法や注意点までをわかりやすく解説します。
▼この記事の監修者
山本康博 先生
呼吸器内科専門医
MYメディカルクリニック横浜みなとみらい院長東京大学医学部医学科卒業。
<保有資格>
日本呼吸器学会認定呼吸器内科専門医
日本内科学会認定総合内科専門医
先進医療とは?
先進医療とは具体的にどのような医療技術なのか、まずはその定義と制度の概要について見ていきましょう。
先進医療は厚生労働大臣が認めた高度な医療
先進医療とは、厚生労働大臣が認可した高度で先進的な医療技術のことです。公的医療保険ではまだ給付の対象とされていないものの、一定の安全性・有効性が見込まれる技術であり、将来的な保険導入を見据えて評価されている段階の医療です。
令和7年2月1日現在では、74種類の技術が厚生労働省により「先進医療」として認められています。
どうして先進医療は高額なのか?
先進医療は、公的医療保険の適用対象外となっているため、該当する治療部分については全額自己負担となります。これが、費用が高額になる最大の理由です。
ただし、先進医療と併用する基本的な診察・検査・入院費などの部分は保険が適用される「保険外併用療養費制度」があるため、全てが自己負担になるわけではありません。
それでも、数十万円〜数百万円の費用がかかるケースもあるため、費用の準備が必要です。
また、技術自体が最新で高度なものになるため、専用の設備や熟練の医療スタッフが必要になることもコストが高い要因です。
がんにおける先進医療と標準治療の違い
がん治療における「先進医療」と「標準治療」は、その目的や科学的根拠の確立度に違いがあります。
標準治療は、長年の臨床研究やデータにより、効果と安全性が科学的に確立されている治療法であり、公的医療保険の対象です。手術・放射線治療・抗がん剤などが該当します。
一方、先進医療は効果や安全性が十分に確立されたとは言い切れないものの、将来的な実用化を目指して臨床的な評価を受けている段階の医療です。たとえば、「重粒子線治療」や「陽子線治療」などが代表例です。
多くのがん患者にとっては、科学的根拠が確立され、効果が証明された「標準治療」を受けることが、最も信頼性が高く優先すべき治療であるとされています。
標準治療の正しい理解と実施こそが、がん治療の基本であることを忘れてはなりません。医師と話し合いつつ、先進医療を受けることが良い選択であるかどうかを判断しましょう。
また、注意すべきなのが「民間療法」です。これは、科学的根拠が乏しい、あるいは一切示されていない治療法を指し、「がんが治る」との宣伝文がよくみられます。たとえば、特定の健康食品、温熱療法、特殊な水、断食療法などがこれにあたります。
・山本康博先生より
先進医療は期待の大きい選択肢の一つですが、効果とリスクのバランスを見極めることが重要です。がん治療では、標準治療が「科学的に最も信頼できる方法」であるという原則を忘れず、治療選択は必ず医師との相談の上で行いましょう。
これらの多くは医療機関で推奨されておらず、効果が証明されていないだけでなく、誤った治療を信じて標準治療のタイミングを逃すことで、がんが進行してしまうというリスクを伴います。
がんに関する先進医療の種類

がんに関係した先進医療には、下記2つがあります。
- 陽子線治療
- 重粒子線治療
それぞれ詳しく見ていきましょう。
陽子線治療
陽子線治療は、陽子という粒子を体外からがんの病巣に照射する放射線治療の一種です。頭頚部のがん(脳腫瘍を含む)をはじめ、肺や縦隔、消化管、肝胆膵、泌尿器、乳腺、婦人科領域の腫瘍、さらには転移性腫瘍にも適応されており、いずれも根治が見込める場合に限って行われます。
陽子線は、水素原子の原子核から取り出した陽子を加速し、高速でがん組織に届ける「粒子線」と呼ばれる放射線の一種です。これに対し、一般的な放射線治療では、X線やガンマ線といった「光子線」が用いられており、体内を通過する際に正常な組織にも放射線が届いてしまうという課題がありました。
陽子線は、体内のある一定の深さで止まる性質を持つため、がん細胞を破壊する一方で周囲の健康な組織へのダメージを最小限に抑えることができます。
重粒子線治療
重粒子線治療は、炭素イオン線をがんに集中させる治療法です。対象となるのは、肺や縦隔、消化管、肝胆膵、泌尿器のがん、転移性腫瘍であり、いずれも根治を目指せる症例に限定されます。
炭素イオンは放射線の中でも特に質量が重く、エネルギーの密度が高いことが特徴です。がん細胞を破壊しつつ、正常組織への影響を抑えることができます。
炭素イオンを光の速度の約70%にまで加速させ、がん組織のある体内深部に向けて正確に照射します。X線などの従来の放射線治療では、放射線が体を通過する過程で前後の正常組織にもダメージを与えてしまいますが、重粒子線は影響力が最も現れる深さを設定できます。そのため、正常な細胞へのダメージを抑えつつ、がん細胞の破壊が可能です。
さらに重粒子線治療では、がんの形や位置に合わせて、照射する範囲や角度を細かく調整できます。
がん先進医療の費用とは?
がんの先進医療にかかる費用は、一般的な医療と異なり、特別な費用構造となっています。大きな特徴は、「先進医療の技術料」が公的医療保険の対象外であるという点です。これは、厚生労働大臣が認めた高度な医療技術でありながら、まだ保険導入のための評価段階にあるためです。
一方で、先進医療とあわせて行われる診察料、検査料、投薬料、入院料といった通常の医療行為に関しては、健康保険が適用され、自己負担は原則として3割(年齢や所得に応じて2割または1割)で済みます。
がんの先進医療の自己負担額と治療費シミュレーションについて詳しく見ていきましょう。
がんの先進医療の自己負担額
がんに対する代表的な先進医療である「陽子線治療」や「重粒子線治療」は、いずれも非常に高度で専門的な技術が必要とされるため、技術料だけでおよそ300万円前後がかかります。
公的医療保険の対象外であるため、全額負担しなければなりません。
ただし、先進医療と並行して行われる診察、血液検査、画像検査、薬剤の投与、入院に関わる費用などについては、通常の保険診療と同様に健康保険が適用されます。
先進医療の治療費シミュレーション
65歳の男性が前立腺がんの治療として重粒子線治療を受け、10日間入院したケースを想定して、自己負担額のシミュレーションを行ってみましょう。
まず、重粒子線治療の技術料は先進医療として公的保険の対象外となっており、全額自己負担で約320万円がかかります。
次に、入院や診察、検査、薬の費用については、通常の医療保険が適用されます。1日あたりの入院基本料が約2万円で10日間入院した場合、入院費は約20万円です。また、診察料や検査・投薬費などが約10万円で、保険診療分は合計で約30万円になります。
このうち、保険適用部分については、高額療養費制度を利用することで実際の自己負担額は軽減され、自己負担はおよそ8万円程度に抑えられます(条件で異なる)。
さらに、入院中の食事代や日用品などの雑費も含めて約5万円とすると、保険適用分の合計自己負担額は約13万円です。
各費用をまとめると下記のとおりです。
- 重粒子線治療費:約320万円(先進医療・全額自己負担)
- 保険診療自己負担:約8万円(高額療養費制度適用後)
- 入院時の雑費:約5万円
総額での自己負担額はおよそ333万円です。
先進医療を受ける方法

先進医療を受けるには、いくつかの手順を踏む必要があります。前提として、先進医療は全国どこでも受けられるわけではなく、厚生労働省から認可された限られた医療機関でのみ実施されています。
そのため、最初に通院している病院が先進医療を行っていない場合は、対応可能な医療機関を探す必要があります。
また、他の医療機関で治療を希望する場合は、「セカンドオピニオン」として、対象医療機関で診察を受けるのが一般的です。そこで専門医の診断や治療方針の説明を受けたうえで、先進医療の適応があるかを判断してもらいます。紹介状や診療情報提供書が必要になる場合もあるため、まずは主治医に相談しましょう。
先進医療を受ける時の注意点
先進医療を選択する際には、いくつかの注意点があります。それぞれ詳しく見ていきましょう。
治療費が高額になる可能性
先進医療の大きな特徴の1つが、「技術料」が全額自己負担となることです。陽子線治療や重粒子線治療といった先進医療では、300万円前後の費用がかかる場合も珍しくありません。通常の診察料や検査料、入院費などには保険が適用されますが、技術そのものにかかる費用は原則として全額自己負担となるため、経済的な備えが必要です。
効果とリスクを理解する
先進医療は、従来の治療法では対応が難しい症例にも適用が検討される一方で、標準治療に比べて科学的根拠の蓄積がまだ不十分な段階の医療技術です。
たとえば陽子線治療や重粒子線治療では、正常組織への影響を抑えつつ高精度でがんに放射線を集中できるという利点がありますが、その治療効果はがんの種類や進行度、患者の体調によって大きく異なります。
また、皮膚の炎症、倦怠感、食欲不振などの副作用が起こる可能性があります。
先進医療という言葉の響きから「すべての人にとって最良の治療法」と誤解されがちですが、実際には標準治療が最善であるケースも多くあります。そのため、効果やリスクをしっかり理解したうえで、主治医と十分に相談し、自分に合った治療法を見極めることが不可欠です。
治療を受けられる医療機関が限られている
先進医療は、実施できる施設が全国的に限られているのも特徴です。陽子線治療は全国で約20ヶ所、重粒子線治療はわずか7ヶ所の医療機関でしか受けることができません(※2025年2月1日時点)。
そのため、自宅近隣の病院で対応できない場合は、遠方の医療施設まで通院が必要です。とくに高齢者や体調が不安定な患者にとっては、長距離の移動や長期の滞在が心身の負担となるケースもあります。
また、セカンドオピニオンや紹介状が必要になることも多く、現在かかっている医師との連携も欠かせません。生活環境を含めた総合的な見直しが必要になるため、治療前には通院計画や家族のサポート体制も含めて検討しておくことが重要です。
高額な先進医療、納得のいく選択をするために
先進医療は、将来の保険適用を見据えて臨床評価が行われている段階の医療技術です。その最先端性ゆえに高額な費用がかかる一方で、受けられる医療機関が限られている、効果や副作用に不確実性があるなど、いくつかの注意点もあります。
今回の記事では、先進医療の基本的な制度やがん治療における先進医療、費用の仕組みやシミュレーション、受けるための流れや注意点を紹介しました。
大切なのは、先進医療を「特別な希望」として盲目的に選ぶのではなく、自身に適した治療法を選択することです。医師との十分な対話を通じて、ご自身やご家族にとって最善の治療方針を見つけることが、心から納得できる医療につながります。
・山本康博先生より
先進医療は経済的・地理的な制約が大きいため、十分な情報と準備が不可欠です。治療内容だけでなく、生活環境やサポート体制も含めて総合的に検討することで、後悔のない選択につながります。
家族が癌になったら絶対してはいけないこと、知っておくべきことを解説

家族ががんと診断されたとき、多くの人が動揺し、どう対応すべきか迷うのは当然のことです。大切な人の病気に直面すると、感情が先走ってしまいがちですが、患者の心と体に寄り添いながら支えるためには、冷静に、正しい知識と適切な態度を持つことが何より大切です。
本記事では、家族ががんになったときに「絶対にしてはいけないこと」と「できること」について、具体的な接し方や支援のポイントを解説します。
▼この記事の監修者
山本康博 先生
呼吸器内科専門医
MYメディカルクリニック横浜みなとみらい院長東京大学医学部医学科卒業。
<保有資格>
日本呼吸器学会認定呼吸器内科専門医
日本内科学会認定総合内科専門医
家族ががんと診断された時に知っておきたいこと
ご家族ががんと診断されたとき、多くの人が「何をどうすればいいのか」と戸惑いや不安を抱えます。しかし、がんという病気は決して珍しいものではなく、今や多くの人が向き合いながら、治療と生活を両立しています。まずは落ち着いて、病気の正しい知識を持つことが第一歩です。
ここでは、がんという病気の基本的な性質や、治療の流れ、相談先などについてわかりやすく解説していきます。
がんという病気について
がんという病気は、今や誰にとっても身近な存在になっています。2020年には、実に約94万人が新たにがんの診断を受けました(男性約53万人、女性約41万人)。こうした数字からもわかるように、がんは決して特別な病気ではありません。多くの人が経験し、多くの人が治療を受けています。
そして、がんは「治療が可能な病気」になってきています。医療の進歩により、がんの種類や進行度によっては長期的なコントロールが可能となり、仕事を続けながら、あるいは日常生活を送りながら治療を受けている方もたくさんいます。「がん=すぐに生活が変わる、働けなくなる」と考えるのは早計です。
しかし、治療を始める前に「がんになったらすぐに仕事を辞めないといけない」と思い込み、ショックのあまり退職してしまう方もいます。こうしたケースを「びっくり退職」といいます。家族としても、正しい知識を持ち、冷静に現実と向き合うことが何より大切です。
出典:がん情報サービス 「最新がん統計」
がんの治療の流れ・概要
がんと診断されたとき、多くの方が「これから何をすればいいのか」「どんな治療が待っているのか」と不安を抱えます。しかし、がん治療は段階的に進められるものであり、一歩ずつ理解していくことが大切です。
まずは、がんが本当にあるかどうかを確定するために、組織を採取して行う生検や、CT、MRI、PETなどの画像検査が行われます。
これによってがんの種類や大きさ、他の臓器への広がりなどが明らかになり、病期(ステージ)が決まります。そのうえで、治療の目的が「治すこと」なのか「進行を遅らせること」なのかを医師と話し合い、治療方針が決定されます。
がんの治療法には主に手術、放射線治療、薬物療法があり、がんの種類や部位、進行度、本人の体力や希望などを踏まえて決めます。
治療を始める前には、わからないことをきちんと医師に尋ねることが重要です。たとえば「この治療の目的は何か」「他の選択肢はあるか」「副作用とその対処法は」「通院と入院、どちらが必要か」「日常生活や仕事への影響はどうか」など、気になることは遠慮なく聞きましょう。
また、治療について不安な気持ちがあるときは、医師や看護師、がん相談支援センターなど、専門のスタッフに相談することも忘れないでください。がんは、もはや特別な病気ではなく、多くの人が治療を受けながら生活を続けています。正しい知識と信頼できる医療者との連携があれば、不安を軽減し、前向きに治療へと進んでいけるはずです。
家族が癌になったら絶対してはいけないこと

がんと診断された本人は、大きな衝撃を受けるものです。その事実を知る家族も、強い不安や戸惑いを抱えることでしょう。しかし、その不安をそのまま本人にぶつけてしまうと、知らず知らずのうちに心身の負担を増やしてしまうおそれがあります。
がん患者を支える家族にとって大切なのは、「何かをしてあげること」よりも「どう接するか」に意識を向けることです。ここでは、家族が気をつけるべき接し方のポイントについて解説します。
患者の気持ちを考えない言動
がんを患う本人にとって、病気の告知そのものが強いストレスであり、さまざまな感情が渦巻いているものです。そのような中で、家族があまりにも悲観的な態度を取ったり、「かわいそう」「どうしてこんなことに」といった言葉を口にしたりすると、本人は自分の存在が家族の重荷になっていると感じるかもしれません。
反対に、元気づけたい一心で明るく振る舞うことを強要するのも避けるべきです。無理に笑顔を求めたり、「大丈夫、大丈夫!」と根拠なく励まし続けることは、かえって孤独感を深めることになりかねません。本人の気持ちに寄り添い、無理に方向づけようとせず、「そばにいること」そのものが支えになるのです。
・山本康博先生より
医療現場でも、患者さんは「励まされすぎること」に疲れてしまう場面が少なくありません。寄り添うとは、無理に元気づけることではなく、感情を否定せず受け止める姿勢です。沈黙も、時に最も力強い支えとなります。
患者の生活に過剰に干渉する
がんと診断されたからといって、すぐに生活のすべてを制限しなければならないわけではありません。家族が心配のあまり、主治医の指示とは関係なく勝手に厳しい食事制限を課したり、仕事や趣味、外出をすべてやめさせたりすると、本人の自由や尊厳を奪うことになってしまいます。
本人が「自分らしく過ごす」ことを大切にしているのに、それを阻害してしまっては、生活の質(QOL)が大きく損なわれてしまいます。医師と相談したうえで、できる限り本人の意思やペースを尊重し、さりげなく支えることが望ましいでしょう。
治療方法を押し付ける
どの治療を受けるかを最終的に決めるのは本人です。家族が「この治療がいいらしいよ」と情報を伝えること自体は問題ありませんが、それを押し付けたり、「この方法しかダメ」と一方的に決めつけることは避けましょう。
特に、医師の治療計画とは無関係な民間療法を強くすすめる行為や、本人が希望しているセカンドオピニオンの機会を否定するような発言は、結果として治療の妨げになることもあります。
大切なのは、本人が納得して治療方針を決められるよう、情報収集や意思決定の過程に寄り添いながら支えることです。
お金の話を避けること
病気の話の中で、お金のことを話題にするのは気が引ける方も少なくありません。しかし、がん治療には思いのほか費用がかかる場合があり、治療が進んでから経済的に困窮するケースもあります。
加えて、高額療養費制度や医療保険、公的支援などを適切に活用できず、本来受けられる援助を見落としてしまうこともあるでしょう。
お金の話をあえて避けるのではなく、早い段階で一緒に確認しておくことで、安心して治療に専念できる環境を整えることができます。信頼できる相談窓口も活用しながら、オープンに話し合う姿勢を持つことが大切です。
・山本康博先生より
がん治療は長期にわたることが多く、経済的な見通しを立てることも治療の一部です。制度や保険の知識を早めに共有しておくことで、患者さんが「安心して治療に集中できる環境」を整えることができます。
家族が癌になったらすべきこと

家族ががんと診断されたとき、何をどう支えたらいいのか迷う方も多いでしょう。目の前の大切な人が病気と向き合う中で、家族としてできることは多くあります。
ただ一方的に「何かしてあげなければ」と焦るのではなく、患者本人の心に寄り添いながら、無理のない範囲で支えていくことが大切です。
家族が癌になったら、次のように対応しましょう。
患者本人の気持ちに寄り添う
がんと診断されたとき、本人は強い不安や恐怖を感じています。命に関わる病気というだけでなく、これからの治療や生活の変化、仕事や家族への影響など、さまざまなことが頭をよぎるのです。
そのようなとき、家族が黙って隣にいてくれるだけでも、大きな安心感を得られます。必要以上に励まそうとせず、否定もせず、まずは本人の気持ちに耳を傾けることが大切です。
病気の情報を集める
がんという病気に向き合うには、正確な情報を得ることが重要です。医師からの説明をきちんと理解し、治療方針や病状について本人が把握できるようサポートすることで、本人の安心感にもつながります。不安なことがある場合は、病院内にある「がん相談支援センター」へ相談してみるのも一つの方法です。
また、必要に応じて家族が医師に質問し、本人の希望を伝える役割を担うことも大切です。一方で、インターネットなどから情報を集める場合には注意が必要です。民間療法や根拠のない治療法に関する情報も多く、中には詐欺まがいのものもあります。信頼できる公的機関や専門医による情報を選ぶようにしましょう。
経済的な負担を軽減するためのサポート
がんの治療には、手術や抗がん剤、放射線などの高額な医療費がかかることがあります。そのため、家族として経済的な面でもサポートできる準備が必要です。
高額療養費制度や医療費控除、傷病手当金など、公的支援制度を活用することで負担を軽減できます。また、加入している医療保険の補償内容も忘れずに確認しましょう。
本人が制度について把握しきれないこともあるため、家族が一緒に手続きを進めていくことが、安心して治療を続けるための助けになります。
治療や生活のサポート
がん治療は長期にわたることが多く、通院や入院が必要になる場面も少なくありません。治療のスケジュールを把握し、必要に応じて付き添いや送迎を行うなど、日々の生活を支えるサポートが重要です。
また、体調に波があるなかで、家事や食事づくり、買い物などの負担を減らす手助けも求められることがあります。本人の「できること」と「助けが必要なこと」を話し合いながら、無理のない形で支えていく姿勢が大切です。
家族や親ががんになったあなたへ
家族ががんと診断されたとき、支える立場のあなた自身もまた、大きなストレスや不安を抱えることになります。どれだけ相手のことを思って行動しても、「これでよかったのだろうか」と悩んだり、自分の時間や気持ちを後回しにしてしまいがちです。あなた自身が健やかであることは、本人を支えるうえで何よりも大切です。
自分を大切にする
がん患者を支える立場にいると、「自分のことなんて後回しでいい」と思ってしまうかもしれません。しかし、精神的にも体力的にも負担が続けば、心がすり減ってしまいます。ときには、自分自身の気持ちにも正直になり、疲れているときは無理をしないことが必要です。
支える側が倒れてしまっては、共倒れになってしまうからです。まわりの人に頼ること、医療従事者に相談すること、カウンセラーなど専門家のサポートを受けることも、立派な自己管理です。自分の人生も大切にしながら、家族とともに乗り越える道を歩んでいきましょう。
家族ががんになったときの正しい向き合い方とサポートのポイント
がんは、患者本人だけでなく、家族にとっても大きな試練となる病気です。しかし、必要以上に恐れたり、不安をあおるのではなく、正しい知識を持って落ち着いて向き合うことが、患者にとっても支える側にとっても前向きな第一歩になります。
大切なのは、患者の気持ちを尊重しながら、必要な場面でそっと手を差し伸べることです。そして、あなた自身の心身の健康も決しておろそかにしないことです。がんと向き合う家族には、「何か特別なことをする」よりも、「ともにいること」「見守ること」「話を聞くこと」が、何よりの支えとなります。
焦らず、一歩ずつ、無理のないペースで、家族としてできることを積み重ねていきましょう。
「高額療養費制度」とは?がん治療の高額な医療費負担を軽減できる制度を簡単に解説

がん治療には、手術や抗がん剤、入院費など高額な医療費がかかるケースも少なくありません。そのようなとき、負担を軽減してくれるのが高額療養費制度です。
本記事では、高額療養費制度のしくみや申請方法、注意点などをわかりやすく解説します。がんの診断を受けた方やそのご家族で、医療費の負担が心配な方はぜひ最後までお読みください。
▼この記事の監修者
西海重尚 先生
ファイナンシャル・プランナー
生命保険会社および損害保険会社、日本FP協会認定教育機関における経験を生かし、執筆・監修、セミナー講師を中心に活動中。保険・年金・相続を得意分野とする。慶應義塾大学経済学部卒。
<保有資格>
CFP®認定者、1級ファイナンシャル・プランニング技能士ほか
高額療養費制度とは?
高額療養費制度とは、医療費負担が高額になった場合に、健康保険の被保険者(加入者)が支払う自己負担額に上限を設け、申請をすることで一定の自己負担額を超えた分が払い戻されるしくみです。
医療費が高額になりやすいがん治療においては、患者や家族にとって大きな経済的支えになるため、理解しておきたい制度のひとつといえます。
日本の公的医療保険では、一般的に患者の自己負担割合は3割(年齢や収入によっては2割・1割となる場合もあります)です。
しかし、がん治療のように、手術費や抗がん剤費用、入院費などが重なると、1か月の医療費が数十万円から100万円を超えることもあります。
高額療養費制度を利用すれば、あらかじめ年齢や所得ごとに設定された「自己負担限度額」を超えた分が払い戻されます。
がん治療は長期にわたることが多いため、この制度を理解し早めに準備しておくと、医療費の負担を抑えるだけでなく、治療中の経済面の負担軽減につながるでしょう。
高額療養費制度の対象となる医療費
高額療養費制度は「健康保険が適用される医療費」が対象であり、対象となる費用および対象外となる費用の具体例は以下のとおりです。
対象となる費用の例
- 健康保険が適用される診療費(手術費、診察費、検査費など)
- 健康保険が適用される薬剤費(抗がん剤など)
- 治療に必要な医療機器費(保険適用の補装具など)
対象外となる費用の例
- 患者の希望によってサービスを受ける差額ベッド代
- 入院時の食事代(食事療養費の標準負担額を超える部分)
- 保険適用外の先進医療費用
- 自由診療部分(セカンドオピニオン外来など保険外診療)
- 交通費やアメニティ費用(パジャマ代、テレビ使用料など)
特にがん治療の入院時は、個室を選ぶことで差額ベッド代がかさみがちです。高額療養費制度の対象外となる費用を把握して、入院前の段階から部屋の種別や費用負担について確認しておくことが大切です。
・西海重尚先生より
公的医療保険による保障を補完するために民間の医療保険に加入する際には、年齢と所得に応じて定められた高額療養費の自己負担限度額と高額療養費制度の対象外となる費用を考慮して加入内容を決めましょう。なお、先進医療費用や自由診療部分については医療保険の特約でカバーできることがあります。
高額療養費制度の引き上げ議論
近年、公的医療保険の財政悪化が問題視されるなかで、高齢化の急速な進展による医療費の増加への対策や現役世代の保険料負担を軽減する施策などが議論されています。
その一環として、2024年12月に高額療養費制度の自己負担限度額を引き上げる方針がいったん決定されました。具体的には、2025年8月から再来年にかけて段階的に上限額を上げることで、国民皆保険制度を維持しつつ公的医療保険財政の安定を図る狙いがあったとされています。
しかし、その後の検討により、高額療養費制度の自己負担限度額の上限引き上げを見送る方針に転じました。
ただし、医療費の削減やインフレへの対応のために高額療養費制度の負担の在り方を検討する必要があるという意見がある一方で、患者の負担増につながることを懸念する声もあり、議論はこれからも継続されます。
今後の政策によって方針が変わる可能性がありますので、最新の情報を把握しておくことが重要です。
高額療養費制度の見直しが議論される背景には、制度の持続可能性と、患者の経済負担の妥当性のバランスをどのようにとるかという課題があります。
所得区分ごとの自己負担限度額

高額療養費制度では、加入者の年齢や所得に応じて月ごとに設定される「1ヶ月の自己負担限度額」が異なります。
【70歳以上の方の上限額】
適用区分 | ひと月の上限額(世帯ごと) | うち外来(個人ごと) | ||
---|---|---|---|---|
【現役並み所得者Ⅲ】 | ・年収約1,160万円~ | 252,600円+(医療費-842,000円)×1% | - | |
・標準報酬月額83万円以上 | ||||
・課税所得690万円以上 | ||||
【現役並み所得者Ⅱ】 | ・年収約770万円~約1,160万円 | 167,400円+(医療費-558,000円)×1% | - | |
・標準報酬月額53万円~79万円 | ||||
・課税所得380万円~690万円 | ||||
【現役並み所得者Ⅰ】 | ・年収約370万円~約770万円 | 80,100+(医療費-267,000円)×1% | - | |
・標準報酬月額28万円~50万円 | ||||
・課税所得145万円~380万円 | ||||
【一般】 | ・年収約156万円~約370万円 | 57,600円 | 18,000円 (年144,000円) |
|
・標準報酬月額26万円以下 | ||||
・課税所得145万円未満等 | ||||
Ⅱ住民税非課税世帯 | 24,600円 | 8,000円 | ||
Ⅰ住民税非課税世帯 | 15,000円 | 8,000円 |
【69歳以下の方の上限額】
適用区分 | ひと月の上限額(世帯ごと) | |
---|---|---|
【ア】 | ・年収約1,160万円~ | 252,600円+(医療費-842,000円)×1% |
・健保:標準報酬月額83万円以上 | ||
・国保:所得901万円超 | ||
【イ】 | ・年収約770万円~約1,160万円 | 167,400円+(医療費-558,000円)×1% |
・健保:標準報酬月額53万円~79万円 | ||
・国保:所得600万円~901万円 | ||
【ウ】 | ・年収約370万円~約770万円 | 80,100+(医療費-267,000円)×1% |
・健保:標準報酬月額28万円~50万円 | ||
・国保:所得210万円~600万円 | ||
【エ】 | ・年収約156万円~約370万円 | 57,600円 |
・健保:標準報酬月額26万円以下 | ||
・国保:所得210万円以下 | ||
【オ】 | 住民税非課税者 | 35,400円 |
がん患者治療のケース
がん患者の方が1か月に150万円の医療費がかかり、高額療養費制度を利用したときの、自己負担限度額の一例(65歳・標準報酬月額28万~50万円の場合)を紹介します。
このケースでは69歳以下の適用区分「ウ」に該当するため、ひと月の上限額は「80,100円+(医療費-267,000円)×1%」です。
自己負担上限額は「80,100円+(1,500,000-267,000円)×1%=92,430円」となります。そのため払い戻される金額は1,407,570円です。ただし、高額療養費制度の自己負担上限額は、あくまでも1か月の金額です。仮に月をまたいで3月に100万円、4月に50万円で合計150万円の医療費がかかった場合、自己負担上限額は次のような計算になります。
3月分:80,100円+(1,000,000円-267,000円)×1%=自己負担上限額87,430円
4月分:80,100円+(500,000円-267,000円)×1%=自己負担上限額82,430円自己負担上限額は2か月合計で169,860円となり、払い戻される金額は「1,500,000円-169,860円=1,330,140円」です。
・西海重尚先生より
ここで注意していただきたいのが「高額療養費制度の自己負担上限額は、あくまでも1か月の金額」ということです。医療費の負担が月をまたいでしまうと、自己負担上限額の金額が変わり、その結果払い戻される金額も異なってきます。
さらに自己負担が軽減される仕組み
高額療養費制度には、「多数回該当」と「世帯合算」の仕組みがあり、これらを活用することで自己負担をさらに軽減させることができます。
多数回該当とは、同じ世帯で高額療養費制度の支給を1年(過去12か月)以内に3回受けると、4回目以降の自己負担限度額が引き下げられる仕組みのことです。
世帯合算は、一人ひとりの自己負担額では上限を超えない場合でも、同一の健康保険に加入している家族全員の同じ月にかかった医療費(保険適用分)の自己負担額を合算することによって、高額療養費制度の適用を受けられる仕組みです。
以下、具体例を挙げて詳しく解説します。
多数回該当とは?
「多数回該当」とは、同じ世帯で高額療養費制度の適用を1年(直近12か月)以内に3回以上適用した場合、4回目以降の自己負担限度額が引き下げられる仕組みです。
多数回該当の場合も、年齢と所得によって上限額が異なります。
【自己負担上限額(多数回該当の場合)】
所得区分 | 70歳以上 | 69歳以下 |
---|---|---|
年収約1,160万円~ | 140,100円 | |
年収約770万円~約1,160万円 | 93,000円 | |
年収約370万円~約770万円 | 44,400円 | |
~年収約370万円 | 44,400円 | 44,400円 |
住民税非課税者 | 24,600円 | 24,600円 |
【多数回該当の具体例(50歳・所得区分:年収約370万円~約770万円)】
がん治療のため、4ヶ月間、毎月医療費が70万円かかったとします。
<1か月あたりにかかった医療費>
入院(10日間):50万円
抗がん剤治療:20万円
合計:70万円
保険適用3割負担を前提とすると、1か月あたりの自己負担は21万円です。しかし、高額療養費制度により1~3回目は限度額84,430円前後に抑えられ、4か月目は多数回該当となり自己負担額は44,400円に下がります。
国民健康保険から協会けんぽ(全国健康保険協会)など、加入している健康保険が変更になった場合、それまでに受けた高額療養費の支給回数は新しい保険には引き継がれません。 そのため、支給回数の通算がリセットされ、「多数回該当」としての判定も初めからのカウントとなるため注意が必要です。
世帯合算とは?
一人あたりの窓口負担では上限額を超えない場合でも、同じ健康保険に加入している家族(世帯)が、同じ月にかかった保険適用の医療費を合算することで、高額療養費制度が適用できる場合があります。これを「世帯合算」と言います。
【世帯合算の具体例】
Aさん(本人)がん治療:1か月の医療費 25万円
Bさん(Aさんの配偶者)風邪で受診:1か月の医療費 5万円
Cさん(Aさんの子ども)骨折で入院:1か月の医療費 10万円
※A ・B・Cさんは69歳以下、適用区分は年収約156万円~約370万円。Aさん・Bさん・Cさんは同一世帯
世帯合算は69歳以下の方の受診については、2万1,000円以上の自己負担のみ合算されることになっているため、Bさんの医療費は合算対象外となります。
そのため、世帯合算ができるのはAさんとCさんの医療費のみです。AさんとCさんの医療費合計は35万円で、健康保険の自己負担割合を3割とすると、自己負担額は10万5,000円となります。
しかし、世帯合算を利用すると、窓口で支払った自己負担額を同一月内で合算できるため、高額療養費制度の適用上限(57,600円)を超えた分が払い戻されます。
したがって、このケースでは「5,000円-57,600円=47,400円」が払い戻しの対象額です。
高額療養費制度利用の際の注意点

高額療養費制度は、正しく活用すれば医療費負担を大きく抑えられる心強い制度です。しかし、以下のような注意点を知らないと、申請のタイミングを逃したり、余計な出費をしたりするリスクが生じます。
限度額適用認定証の入手を
がん治療など、高額になることがあらかじめわかっている場合は、「限度額適用認定証」を事前に取得しておきましょう。これは、保険者(加入している健康保険組合や協会けんぽなど)から交付を受ける書類で、医療機関の窓口に提示すると、請求時点で自己負担額が限度額までに抑えられます。
「限度額適用認定証」を取得していない場合、治療を受けた医療機関には一旦3割負担分を全額支払い、後日、高額療養費制度の申請により差額の払い戻しを受けることになります。
一時的な立て替え額が高額になる場合は、家計への影響が大きくなるうえ、申請手続きにも時間と手間がかかります。高額になりそうな治療が予定されているときは、早めに限度額適用認定証を申請しておきましょう。
マイナ保険証(健康保険証利用登録を行ったマイナンバーカード)を利用していれば、限度額適用認定証がなくても、自己負担限度額を超える分の支払が免除されます。
・西海重尚先生より
高額療養費制度では、最終的に自己負担限度額を超えた分の金額は払い戻されますが、一旦は医療機関の窓口で3割負担分を全額支払わなければなりません。3割負担とはいえかかった医療費が高額であれば、一時的に立て替える金額も相当な金額になります。そのため限度額適用認定証を準備されることをおすすめします。なお、マイナ保険証を利用していれば、限度額適用認定証がなくても自己負担限度額を超える分の支払いは免除されるので、こちらも活用しましょう。
申請の期限に注意
高額療養費制度の申請期限は「診療月の翌月の初日から2年以内」です。たとえ高額な医療費を支払ったとしても、2年を過ぎてしまうと申請できません。逆にいえば、2年以内であれば過去にさかのぼって申請することも可能です。
たとえば、がんの治療費を一時的に立て替えたものの、高額療養費の申請手続きがわからず放置していたという場合でも、2年以内であれば間に合う可能性があります。そのため、医療機関の領収書や明細書は必ず保管しておきましょう。
また、高額療養費制度は月ごとの医療費に対して適用されるため、申請する際は「どの月」に受診した医療費なのかを整理しておくことも大切です。医療費を支払った時期と、実際に治療を受けた月がずれている場合もあるため、領収書の日付や明細を確認しながら手続きを進めてください。
高額療養費制度を活用し、安心してがん治療を受けるために
高額療養費制度とは、医療費負担が高額になった場合に、健康保険の被保険者(加入者)が支払う自己負担額に上限を設け、申請をすることで一定の自己負担額を超えた分が払い戻されるしくみです。
がん治療は長期にわたり、抗がん剤治療などで高額な医療費がかかる可能性があります。高額療養費制度のしくみや申請方法、そして最新の政策動向についても把握しておきましょう。
肺がんの余命は?ステージ別の生存率や原因・症状も解説

肺がんは、日本におけるがんの中でも死亡率が特に高い疾患の1つです。早期にはほとんど症状が現れないことも多く、気づいたときにはすでに進行しているケースも少なくありません。
そのため、「余命はどれくらいなのか」「ステージによって生存率はどう違うのか」といった情報を知っておくことは、治療の選択や心の準備をする上でも大切です。
この記事では、肺がんの主な原因や症状の特徴をはじめ、ステージ別の生存率や治療法についてわかりやすく解説します。
▼この記事の監修者
山本康博 先生
呼吸器内科専門医
MYメディカルクリニック横浜みなとみらい院長東京大学医学部医学科卒業。
<保有資格>
日本呼吸器学会認定呼吸器内科専門医
日本内科学会認定総合内科専門医
肺がんとは?原因と症状を解説
肺がんは、肺の中にある気管支や肺胞などの細胞が異常な増殖をはじめ、腫瘍となる病気です。肺がんは、がん細胞の種類によっていくつかのタイプに分類されます。
代表的な組織型は、腺がん、扁平上皮がん、大細胞がん、小細胞がんの4つです。このうち、最も多いのが腺がんで、肺がん全体の半数以上を占めます。
肺がんの原因や症状について詳しく見ていきましょう。
肺がんの原因
肺がんは、肺にある正常な細胞の遺伝子に傷がつき、その結果として異常な増殖が起こることで発症します。遺伝子の損傷を引き起こす原因はさまざまですが、最も大きな影響を与えるとされているのが「たばこ」です。
たばこを吸っている人は、吸わない人に比べて、男性で約4.8倍、女性で約3.9倍も肺がんを発症する確率が高いとされています。
たばこ以外にも、アルミニウムの粉じん、ヒ素を含む化合物、建築資材などに含まれるアスベスト(石綿)といった物質に長期的にさらされることでも、肺の細胞にダメージが蓄積され、がんの発症につながることがあります。
・山本康博先生より
たばこは肺がんの最大のリスク因子ですが、非喫煙者でも発症するケースはあります。とくに女性の腺がんや、職業的曝露歴のある方は注意が必要です。健康診断や画像検査を通じて、早期発見の意識を持つことが重要です。
参考: 日本医師会「肺がん検診 肺がんの原因」
肺がんの症状
肺がんは、早期にはほとんど自覚症状が現れないことも少なくありません。がんがある程度進行すると、咳(せき)や痰(たん)、血痰(けったん)、胸の痛み、発熱、息切れなどが現れる場合があります。
ただし、これらの症状は肺がん特有のものではなく、風邪や気管支炎、肺炎などの呼吸器の病気でも同様に見られることがあります。そのため、「咳が出るから肺がんだ」「熱があるからがんかもしれない」とすぐに決めつける必要はありませんが、逆に「たいしたことはない」と放置してしまうのも危険です。
とくに、いつもと違う咳が続く、血の混じった痰が出る、微熱が長引くなど、気になる症状が続く場合には、早めに医療機関を受診することが大切です。
肺がんの各ステージの状態と余命・生存率

肺がんには「小細胞肺がん」と「非小細胞肺がん」の2種類があります。
非小細胞肺がんには、以下の3種類があります。
- 腺がん:肺野(肺の末梢)に多く発生し、肺がんの中で最も頻度が高い。
- 扁平上皮がん:主に肺門(肺の中心部)に発生し、喫煙との関連が強い。咳や血痰などの症状が出やすい。
- 大細胞がん:肺野に多く見られ、増殖が速い。
小細胞肺がんは、肺門と肺野のどちらにも発生しやすく、進行が非常に速いのが特徴です。転移しやすく、喫煙との関連も大きいとされています。
各ステージの定義や余命・生存率についても異なります。
小細胞肺がんのネット・サバイバルは11.5%、非小細胞肺がんは47.5%です。ネット・サバイバルは期待生存率ではなく、純粋に「がんのみが死因となる状況」を仮定して算出する純生存率のことです。
肺がんの進行の程度は「ステージ(病期)」として分類され、I期(ステージ1)・II期(ステージ2)・III期(ステージ3)・IV期(ステージ4)と進むにつれて、がんの進行度が高くなります。
ステージの判定は、原発巣の大きさや広がり(T分類)、リンパ節転移の有無(N分類)、遠隔転移の有無(M分類)の3つの要素(TNM分類)を基に決定されます。
ここでは、肺がんのステージ別の生存率を解説します。
出典: がん情報サービス「院内がん登録生存率最新集計値」
肺がんステージ0(0期)
ステージ0(0期)は、肺がんの最も早期の段階にあたります。肺の粘膜内にとどまり、他の組織へ広がっていない状態です。医学的には「Tis(上皮内がん)」と分類され、がん細胞の充実成分がほとんど見られず、がんの大きさも3cm以下と極めて小さい特徴があります。
肺がんステージ1(I期)
ステージ1の肺がんは、がんの大きさが4cm以下であり、リンパ節転移が認められず、遠隔転移もない状態を指します。
ネット・サバイバルは、小細胞肺がんで43.2%、非小細胞肺がんで82.2%と報告されています。
肺がんステージ2(II期)
ステージ2の肺がんは、がんの大きさが4cmを超え7cm以下、またはリンパ節転移(※N1)が見られる状態を指します。
ネット・サバイバルは、小細胞肺がんで28.5%、非小細胞肺がんで52.6%とされています。
※NI:肺がんと同じ側の気管支周囲かつ・または同側肺門、肺内リンパ節への転移で原発腫瘍の直接浸潤を含める
参照: がん情報サービス「肺がん 非小細胞肺がん 治療」
肺がんステージ3(Ⅲ期)
ステージ3の肺がんは、がんの大きさが7cmを超える場合、あるいはリンパ節転移が特定の部位(※N2・N3)に及んでいる状態を指します。
ネット・サバイバルは、小細胞肺がんで17.5%、非小細胞肺がんで30.4%と報告されています。
※N2:同側縦隔かつ/または気管分岐下リンパ節への転移がある
※N3:がんがある肺と反対側の縦隔、対側肺門、同側あるいは対側の前斜角筋、鎖骨の上あたりにあるリンパ節への転移がある
参照: がん情報サービス「肺がん 非小細胞肺がん 治療」
肺がんステージ4(Ⅳ期)
ステージ4の肺がんは、がんが肺以外の臓器に転移している状態を指します。転移の状態に応じて下記に分類されます。
- M1a:肺がんがある反対側の離れたところに腫瘍がある、胸膜または心膜への転移、悪性胸水がある、悪性心嚢水がある
- M1b:肺以外の臓器への転移が1つのみ
- M1c:肺以外の1つの臓器または複数の臓器へ複数の転移がある
参照: がん情報サービス「肺がん 非小細胞肺がん 治療」
ネット・サバイバルは、小細胞肺がんで2.2%、非小細胞肺がんで9.0%です。
手術ができない肺がんのケース
肺がんの治療では、がんが肺の限られた範囲にとどまっている場合、手術による切除が可能です。しかし、進行の程度によっては手術が適応できないケースもあります。手術ができない肺がんとは、がんが進行しすぎている、または手術に耐えられない健康状態の場合を指します。
手術が適応できない場合、化学療法や放射線治療、免疫療法が中心となりますが、生存率は手術が可能なケースと比べて低くなります。
小細胞肺がんは進行が速く、診断時にはすでに広範囲に転移していることが多いため、手術が適応されるケースは限られます。
手術ができない小細胞肺がんのネット・サバイバルは8.4%、非小細胞肺がんは15.7%です。
出典: がん情報サービス「院内がん登録生存率最新集計値」
肺がんの治療法

肺がんの治療法には、手術や薬物療法などがあります。それぞれ詳しく見ていきましょう。
手術治療
手術は、がんを含む肺の一部や、がんが広がった周囲の組織を切除することで病巣を取り除く治療法です。
非小細胞肺がんでは、がんが局所にとどまっているⅠ期・Ⅱ期および一部のⅢ期の方に対して、根治を目的として行います。
手術の方法には、大きく分けて開胸手術と胸腔鏡手術の2種類があります。開胸手術は、胸の皮膚を15~20cm程度切開し、肋骨の間を広げて行う方法です。
一方、胸腔鏡手術は、数ヶ所の小さな切開部から胸腔鏡(細い棒状のカメラ)を挿入し、モニターに映し出される映像を見ながらがんを切除する方法です。近年では、手術支援ロボットを用いたロボット支援肺切除も導入されています。
小細胞肺がんの手術は、がんが比較的早期であるⅠ期・ⅡA期に限られます。通常、手術後には薬物療法(化学療法)を組み合わせて治療を継続します。
小細胞肺がんにおいても、手術の方法として開胸手術や胸腔鏡手術が選択されることが一般的ですが、最近では、皮膚の切開を8cm以下に抑えたハイブリッド胸腔鏡手術も取り入れられています。
放射線治療
放射線治療は、がん細胞を破壊する目的で高エネルギーの放射線を照射する治療法であり、がんの進行を抑えたり、症状を緩和したりする効果が期待されます。手術が困難な方や、病状の進行度合いによっては放射線治療が第一選択となることもあります。
非小細胞肺がんでは、主に切除できないⅢ期の進行がんに対して放射線治療が実施されます。場合によっては、化学放射線療法として薬物療法を組み合わせます。
ただし、化学放射線療法は、単独の放射線治療や薬物療法と比べて、副作用の発現率が高まることが報告されています。
小細胞肺がんにおいては、限局型の方が放射線治療の対象です。非小細胞肺がんの場合と同様に、化学放射線療法として同時に薬物療法を組み合わせる場合があります。
放射線治療では、治療期間中に下記のような副作用が現れます。
- 咳
- 皮膚炎
- 白血球の減少
- 貧血
- 食道の炎症 など
通常、治療が終了すると時間とともに改善することがほとんどですが、重症化するケースや治療後数ヶ月~数年が経過してから副作用が現れるケースもあるため、体調の変化に注意することが重要です。
薬物療法(抗がん剤)
薬物療法は、薬の力を用いてがん細胞の増殖を抑えたり、がんの進行を遅らせたりする治療法です。
非小細胞肺がんと小細胞肺がんのいずれにも適用されますが、それぞれのがんの性質に応じた異なる薬剤を使用します。非小細胞肺がんでは、「細胞障害性抗がん薬」「分子標的治療薬」「免疫チェックポイント阻害薬」の3種類が主に用いられ、小細胞肺がんでは、進行の速さに対応するため、基本的に細胞障害性抗がん薬が中心です。
ただし、進展型の場合は、免疫チェックポイント阻害薬が併用されることもあります。
薬物療法による副作用は、使用する薬剤の種類によって異なり、個人差も大きいです。細胞障害性抗がん薬はがん細胞の増殖を抑える一方で、正常な細胞にも影響を与えることがあり、その結果としてさまざまな副作用が現れます。
主な副作用は、脱毛や口内炎、下痢、白血球や血小板の減少などです。
分子標的治療薬は、がん細胞の増殖に関わる特定のタンパク質を標的として作用するため、正常細胞への影響は比較的少ないとされています。しかし、皮膚の発疹や肺高血圧症、肝機能障害といった副作用が現れることがあります。
免疫チェックポイント阻害薬は、免疫の働きを活性化させてがん細胞を攻撃する作用を持ちますが、その影響で自己免疫反応が強まることがあり、甲状腺機能異常や大腸炎、間質性肺炎などの症状が現れることがあります。
近年では、副作用を軽減するための対策も進んでおり、特に吐き気や嘔吐に対しては予防薬が使用されることで、治療中の負担を軽減できるようになってきています。
免疫療法
免疫療法は、私たちの体に備わっている免疫の仕組みを利用して、がん細胞を攻撃する治療法です。がん細胞は本来、体にとって異物であるにもかかわらず、巧妙に免疫の働きを抑える仕組みを持っているため、免疫細胞からの攻撃を逃れて増殖していきます。
免疫療法では、がん細胞による「免疫のブレーキ」を解除し、再び免疫細胞ががん細胞を認識し攻撃できるようにします。
日本において肺がん治療に有効とされている免疫療法は、「免疫チェックポイント阻害薬」と呼ばれる薬剤を用いた方法のみです。
末期の肺がん、手術ができない場合の選択肢
医師から「手術ができない末期の肺がんです」と伝えられたとき、多くの方が「これからどうすればいいのか」と不安を抱かれることでしょう。
手術ができないからといって治療の道が完全に閉ざされたわけではありません。状況に応じて選べる治療やサポートは複数あるため、本人と家族が納得できる形で日々を過ごすための選択肢を知ることが大切です。
ここでは、末期の肺がんと診断された方がとれる選択肢について紹介します。
・山本康博先生より
手術が適応とならない場合でも、薬物療法や放射線治療によりがんの進行を抑えることは可能です。近年では免疫療法の発展もあり、治療の選択肢は確実に広がっています。あきらめず、主治医とよく相談することが大切です。
最後まで治療を続ける
たとえ手術が適応でないと判断された肺がんであっても、薬物療法や放射線治療などの治療法によって、がんの進行を抑えたり症状を軽減したりすることは可能です。 主治医と相談を重ねることで、自分に合った治療法を模索することができます。また、現在受けている治療に疑問や不安がある場合は、他の専門医の意見を聞く「セカンドオピニオン」を活用することも有効です。
一方で、インターネットや口コミなどを通じて、さまざまな民間療法や高額な先進的な治療を知る機会もあるかもしれません。しかし、民間療法の中には科学的な根拠に乏しいものも多く、かえって健康を損なったり、高額な費用負担が発生したりするなどのリスクもあります。
ここで大切なのは、医学的根拠があるとされる「標準治療」が第一選択であることです。
先進医療に希望を感じる方もいるかもしれませんが、それが本当に必要なものかどうかは、専門医と相談した上で慎重に判断する必要があります。
緩和ケア(在宅・ホスピス)
治療を続けることが難しくなったときや、がんによる痛みや息苦しさ、不安といったつらい症状が強くなってきたときには、「緩和ケア」が選択肢になります。
緩和ケアは、がんの治癒を目指すものではなく、身体的・精神的な苦痛を和らげながら、その人らしい生活を送るための医療です。
緩和ケアには大きく分けて2つの方法があります。1つは、在宅医療を利用して自宅で過ごしながら受ける緩和ケアです。もう1つは、緩和ケア病棟(ホスピス)で医療スタッフのサポートを受けながら過ごす方法です。
在宅緩和ケアでは、家族に囲まれた慣れた環境で過ごすことができ、訪問診療や訪問看護が提供されます。ホスピスでは、医療スタッフによる手厚いケアのもとで痛みの緩和や心のケアを受けながら、穏やかな時間を大切に過ごせるよう配慮されています。
どちらの方法も、本人や家族の希望を尊重した形で選ぶことができます。治療を続けることだけが最良の選択とは限りません。自分がどう過ごしたいかを考え、希望に添ったサポートを受けることが大切です。
肺がんと診断されたら
肺がんの診断は、本人だけでなく家族にとっても大きな出来事です。手術が難しい、末期だと告げられても、治療の選択肢や生活の質を高める支援は残されています。医師とよく話し合いながら、自分らしい生き方を選んでいくことが大切です。不安なときには1人で抱え込まず、周囲のサポートや医療者の力を借りて、納得のいく選択をしていきましょう。