コラム

2025-05-01 20:00:00

「高額療養費制度」とは?がん治療の高額な医療費負担を軽減できる制度を簡単に解説

医師がコンピューターを使用している様子

がん治療には、手術や抗がん剤、入院費など高額な医療費がかかるケースも少なくありません。そのようなとき、負担を軽減してくれるのが高額療養費制度です。

本記事では、高額療養費制度のしくみや申請方法、注意点などをわかりやすく解説します。がんの診断を受けた方やそのご家族で、医療費の負担が心配な方はぜひ最後までお読みください。

▼この記事の監修者

西海重尚 先生
西海重尚 先生
ファイナンシャル・プランナー

生命保険会社および損害保険会社、日本FP協会認定教育機関における経験を生かし、執筆・監修、セミナー講師を中心に活動中。保険・年金・相続を得意分野とする。慶應義塾大学経済学部卒。

<保有資格>
CFP®認定者、1級ファイナンシャル・プランニング技能士ほか

高額療養費制度とは?

高額療養費制度とは、医療費負担が高額になった場合に、健康保険の被保険者(加入者)が支払う自己負担額に上限を設け、申請をすることで一定の自己負担額を超えた分が払い戻されるしくみです。

医療費が高額になりやすいがん治療においては、患者や家族にとって大きな経済的支えになるため、理解しておきたい制度のひとつといえます。

日本の公的医療保険では、一般的に患者の自己負担割合は3割(年齢や収入によっては2割・1割となる場合もあります)です。

しかし、がん治療のように、手術費や抗がん剤費用、入院費などが重なると、1か月の医療費が数十万円から100万円を超えることもあります。

高額療養費制度を利用すれば、あらかじめ年齢や所得ごとに設定された「自己負担限度額」を超えた分が払い戻されます。

がん治療は長期にわたることが多いため、この制度を理解し早めに準備しておくと、医療費の負担を抑えるだけでなく、治療中の経済面の負担軽減につながるでしょう。

高額療養費制度の対象となる医療費

高額療養費制度は「健康保険が適用される医療費」が対象であり、対象となる費用および対象外となる費用の具体例は以下のとおりです。

対象となる費用の例

  • 健康保険が適用される診療費(手術費、診察費、検査費など)
  • 健康保険が適用される薬剤費(抗がん剤など)
  • 治療に必要な医療機器費(保険適用の補装具など)

対象外となる費用の例

  • 患者の希望によってサービスを受ける差額ベッド代
  • 入院時の食事代(食事療養費の標準負担額を超える部分)
  • 保険適用外の先進医療費用
  • 自由診療部分(セカンドオピニオン外来など保険外診療)
  • 交通費やアメニティ費用(パジャマ代、テレビ使用料など)

特にがん治療の入院時は、個室を選ぶことで差額ベッド代がかさみがちです。高額療養費制度の対象外となる費用を把握して、入院前の段階から部屋の種別や費用負担について確認しておくことが大切です。

・西海重尚先生より
公的医療保険による保障を補完するために民間の医療保険に加入する際には、年齢と所得に応じて定められた高額療養費の自己負担限度額と高額療養費制度の対象外となる費用を考慮して加入内容を決めましょう。なお、先進医療費用や自由診療部分については医療保険の特約でカバーできることがあります。

高額療養費制度の引き上げ議論

近年、公的医療保険の財政悪化が問題視されるなかで、高齢化の急速な進展による医療費の増加への対策や現役世代の保険料負担を軽減する施策などが議論されています。

その一環として、2024年12月に高額療養費制度の自己負担限度額を引き上げる方針がいったん決定されました。具体的には、2025年8月から再来年にかけて段階的に上限額を上げることで、国民皆保険制度を維持しつつ公的医療保険財政の安定を図る狙いがあったとされています。

しかし、その後の検討により、高額療養費制度の自己負担限度額の上限引き上げを見送る方針に転じました。

ただし、医療費の削減やインフレへの対応のために高額療養費制度の負担の在り方を検討する必要があるという意見がある一方で、患者の負担増につながることを懸念する声もあり、議論はこれからも継続されます。

今後の政策によって方針が変わる可能性がありますので、最新の情報を把握しておくことが重要です。

高額療養費制度の見直しが議論される背景には、制度の持続可能性と、患者の経済負担の妥当性のバランスをどのようにとるかという課題があります。

所得区分ごとの自己負担限度額

高額療養費と書かれた書類と電卓、聴診器

高額療養費制度では、加入者の年齢や所得に応じて月ごとに設定される「1ヶ月の自己負担限度額」が異なります。

【70歳以上の方の上限額】

適用区分 ひと月の上限額(世帯ごと) うち外来(個人ごと)
【現役並み所得者Ⅲ】 ・年収約1,160万円~ 252,600円+(医療費-842,000円)×1%
・標準報酬月額83万円以上
・課税所得690万円以上
【現役並み所得者Ⅱ】 ・年収約770万円~約1,160万円 167,400円+(医療費-558,000円)×1%
・標準報酬月額53万円~79万円
・課税所得380万円~690万円
【現役並み所得者Ⅰ】 ・年収約370万円~約770万円 80,100+(医療費-267,000円)×1%
・標準報酬月額28万円~50万円
・課税所得145万円~380万円
【一般】 ・年収約156万円~約370万円 57,600円 18,000円
(年144,000円)
・標準報酬月額26万円以下
・課税所得145万円未満等
Ⅱ住民税非課税世帯 24,600円 8,000円
Ⅰ住民税非課税世帯 15,000円 8,000円

【69歳以下の方の上限額】

適用区分 ひと月の上限額(世帯ごと)
【ア】 ・年収約1,160万円~ 252,600円+(医療費-842,000円)×1%
・健保:標準報酬月額83万円以上
・国保:所得901万円超
【イ】 ・年収約770万円~約1,160万円 167,400円+(医療費-558,000円)×1%
・健保:標準報酬月額53万円~79万円
・国保:所得600万円~901万円
【ウ】 ・年収約370万円~約770万円 80,100+(医療費-267,000円)×1%
・健保:標準報酬月額28万円~50万円
・国保:所得210万円~600万円
【エ】 ・年収約156万円~約370万円 57,600円
・健保:標準報酬月額26万円以下
・国保:所得210万円以下
【オ】 住民税非課税者 35,400円
がん患者治療のケース

がん患者の方が1か月に150万円の医療費がかかり、高額療養費制度を利用したときの、自己負担限度額の一例(65歳・標準報酬月額28万~50万円の場合)を紹介します。

このケースでは69歳以下の適用区分「ウ」に該当するため、ひと月の上限額は「80,100円+(医療費-267,000円)×1%」です。

自己負担上限額は「80,100円+(1,500,000-267,000円)×1%=92,430円」となります。そのため払い戻される金額は1,407,570円です。

ただし、高額療養費制度の自己負担上限額は、あくまでも1か月の金額です。仮に月をまたいで3月に100万円、4月に50万円で合計150万円の医療費がかかった場合、自己負担上限額は次のような計算になります。

3月分:80,100円+(1,000,000円-267,000円)×1%=自己負担上限額87,430円
4月分:80,100円+(500,000円-267,000円)×1%=自己負担上限額82,430円

自己負担上限額は2か月合計で169,860円となり、払い戻される金額は「1,500,000円-169,860円=1,330,140円」です。

・西海重尚先生より
ここで注意していただきたいのが「高額療養費制度の自己負担上限額は、あくまでも1か月の金額」ということです。医療費の負担が月をまたいでしまうと、自己負担上限額の金額が変わり、その結果払い戻される金額も異なってきます。

さらに自己負担が軽減される仕組み

高額療養費制度には、「多数回該当」と「世帯合算」の仕組みがあり、これらを活用することで自己負担をさらに軽減させることができます。

多数回該当とは、同じ世帯で高額療養費制度の支給を1年(過去12か月)以内に3回受けると、4回目以降の自己負担限度額が引き下げられる仕組みのことです。

世帯合算は、一人ひとりの自己負担額では上限を超えない場合でも、同一の健康保険に加入している家族全員の同じ月にかかった医療費(保険適用分)の自己負担額を合算することによって、高額療養費制度の適用を受けられる仕組みです。

以下、具体例を挙げて詳しく解説します。

多数回該当とは?

「多数回該当」とは、同じ世帯で高額療養費制度の適用を1年(直近12か月)以内に3回以上適用した場合、4回目以降の自己負担限度額が引き下げられる仕組みです。

多数回該当の場合も、年齢と所得によって上限額が異なります。

【自己負担上限額(多数回該当の場合)】

所得区分 70歳以上 69歳以下
年収約1,160万円~ 140,100円
年収約770万円~約1,160万円 93,000円
年収約370万円~約770万円 44,400円
~年収約370万円 44,400円 44,400円
住民税非課税者 24,600円 24,600円

【多数回該当の具体例(50歳・所得区分:年収約370万円~約770万円)】

がん治療のため、4ヶ月間、毎月医療費が70万円かかったとします。

<1か月あたりにかかった医療費>
入院(10日間):50万円
抗がん剤治療:20万円
合計:70万円

保険適用3割負担を前提とすると、1か月あたりの自己負担は21万円です。しかし、高額療養費制度により1~3回目は限度額84,430円前後に抑えられ、4か月目は多数回該当となり自己負担額は44,400円に下がります。

国民健康保険から協会けんぽ(全国健康保険協会)など、加入している健康保険が変更になった場合、それまでに受けた高額療養費の支給回数は新しい保険には引き継がれません。 そのため、支給回数の通算がリセットされ、「多数回該当」としての判定も初めからのカウントとなるため注意が必要です。

世帯合算とは?

一人あたりの窓口負担では上限額を超えない場合でも、同じ健康保険に加入している家族(世帯)が、同じ月にかかった保険適用の医療費を合算することで、高額療養費制度が適用できる場合があります。これを「世帯合算」と言います。

【世帯合算の具体例】

Aさん(本人)がん治療:1か月の医療費 25万円
Bさん(Aさんの配偶者)風邪で受診:1か月の医療費 5万円
Cさん(Aさんの子ども)骨折で入院:1か月の医療費 10万円
※A ・B・Cさんは69歳以下、適用区分は年収約156万円~約370万円。Aさん・Bさん・Cさんは同一世帯

世帯合算は69歳以下の方の受診については、2万1,000円以上の自己負担のみ合算されることになっているため、Bさんの医療費は合算対象外となります。

そのため、世帯合算ができるのはAさんとCさんの医療費のみです。AさんとCさんの医療費合計は35万円で、健康保険の自己負担割合を3割とすると、自己負担額は10万5,000円となります。

しかし、世帯合算を利用すると、窓口で支払った自己負担額を同一月内で合算できるため、高額療養費制度の適用上限(57,600円)を超えた分が払い戻されます。

したがって、このケースでは「5,000円-57,600円=47,400円」が払い戻しの対象額です。

高額療養費制度利用の際の注意点

笑顔で書類を差し出す女性スタッフ

高額療養費制度は、正しく活用すれば医療費負担を大きく抑えられる心強い制度です。しかし、以下のような注意点を知らないと、申請のタイミングを逃したり、余計な出費をしたりするリスクが生じます。

限度額適用認定証の入手を

がん治療など、高額になることがあらかじめわかっている場合は、「限度額適用認定証」を事前に取得しておきましょう。これは、保険者(加入している健康保険組合や協会けんぽなど)から交付を受ける書類で、医療機関の窓口に提示すると、請求時点で自己負担額が限度額までに抑えられます。

「限度額適用認定証」を取得していない場合、治療を受けた医療機関には一旦3割負担分を全額支払い、後日、高額療養費制度の申請により差額の払い戻しを受けることになります。

一時的な立て替え額が高額になる場合は、家計への影響が大きくなるうえ、申請手続きにも時間と手間がかかります。高額になりそうな治療が予定されているときは、早めに限度額適用認定証を申請しておきましょう。

マイナ保険証(健康保険証利用登録を行ったマイナンバーカード)を利用していれば、限度額適用認定証がなくても、自己負担限度額を超える分の支払が免除されます。

・西海重尚先生より
高額療養費制度では、最終的に自己負担限度額を超えた分の金額は払い戻されますが、一旦は医療機関の窓口で3割負担分を全額支払わなければなりません。3割負担とはいえかかった医療費が高額であれば、一時的に立て替える金額も相当な金額になります。そのため限度額適用認定証を準備されることをおすすめします。なお、マイナ保険証を利用していれば、限度額適用認定証がなくても自己負担限度額を超える分の支払いは免除されるので、こちらも活用しましょう。

申請の期限に注意

高額療養費制度の申請期限は「診療月の翌月の初日から2年以内」です。たとえ高額な医療費を支払ったとしても、2年を過ぎてしまうと申請できません。逆にいえば、2年以内であれば過去にさかのぼって申請することも可能です。

たとえば、がんの治療費を一時的に立て替えたものの、高額療養費の申請手続きがわからず放置していたという場合でも、2年以内であれば間に合う可能性があります。そのため、医療機関の領収書や明細書は必ず保管しておきましょう。

また、高額療養費制度は月ごとの医療費に対して適用されるため、申請する際は「どの月」に受診した医療費なのかを整理しておくことも大切です。医療費を支払った時期と、実際に治療を受けた月がずれている場合もあるため、領収書の日付や明細を確認しながら手続きを進めてください。

高額療養費制度を活用し、安心してがん治療を受けるために

高額療養費制度とは、医療費負担が高額になった場合に、健康保険の被保険者(加入者)が支払う自己負担額に上限を設け、申請をすることで一定の自己負担額を超えた分が払い戻されるしくみです。

がん治療は長期にわたり、抗がん剤治療などで高額な医療費がかかる可能性があります。高額療養費制度のしくみや申請方法、そして最新の政策動向についても把握しておきましょう。