コラム
高齢者のがんを治療しない場合の余命や影響は?緩和ケア・終末期医療も紹介

高齢化社会を迎えた日本では、「がん」は誰にとっても他人事ではない病気となりつつあります。75歳以上の後期高齢者ががんと診断された場合、体力や生活環境、価値観の違いから、治療の選択において若年層とは異なる判断が求められる場面が増えています。
本記事では、「高齢者ががん治療を受けないとどうなるのか?」という疑問に対して、治療を選択しない理由やその後の影響、余命、緩和ケアや終末期医療の重要性など、多角的な視点から解説します。
▼この記事の監修者
山本康博 先生
呼吸器内科専門医
MYメディカルクリニック横浜みなとみらい院長東京大学医学部医学科卒業。
<保有資格>
日本呼吸器学会認定呼吸器内科専門医
日本内科学会認定総合内科専門医
高齢者とがんの関係
高齢化が進む日本において、「がん」と「高齢者」は切っても切り離せない関係にあります。世界保健機関(WHO)では65歳以上を高齢者と定義しており、日本でも同様に65歳以上を高齢者とし、65〜74歳を「前期高齢者」、75歳以上を「後期高齢者」と細かく区分して扱っています。
厚生労働省が公表している2020年の「全国がん登録」によると、全国でがんと診断された患者のうち、約75%が65歳以上です。
そこで本記事では、75歳以上の方を「高齢者のがん患者」として捉え、その年代特有の身体的・社会的背景をふまえた治療やサポートのあり方について、詳しく解説します。
出典: 厚生労働省「全国がん登録 / 全国がん登録罹患数・率 都道府県一覧 年齢階級別罹患数・率」
高齢者のがん患者の治療に対する考え方

がんの治療と一口に言っても、年齢や体力、持病の有無によってその考え方や優先すべき点は大きく異なります。若い世代の患者であれば、長期的な回復や社会復帰を目指して積極的な治療を選択するケースが多い一方で、高齢者の場合は、治療の目的そのものが「完治」よりも「生活の質(QOL)の維持」へとシフトすることも少なくありません。
また、治療を受けないという選択肢をとる患者もいます。それは決してあきらめではなく、自分らしい人生の終末期を考えたうえでの判断である場合も多く、医学的な視点だけでなく、本人の価値観や生活状況を尊重した意思決定が重要です。
治療の影響と目的の違い
高齢者のがん治療では、治療による身体への負担が大きな課題です。たとえば抗がん剤の副作用である吐き気や倦怠感、手術後の回復力の遅れなどは、若年層に比べて重く出やすい傾向があります。
また、糖尿病や心疾患などの持病を抱えている場合、治療の副作用が持病を悪化させるリスクもあります。
さらに、「治療の目的」が異なる点も重要です。若い患者では「完治」や「長期生存」が第一の目標ですが、高齢者の場合は「いかに苦痛を少なく、日常生活を維持できるか」といったQOL(生活の質)を重視した治療が選択されることが多くあります。
無理に治療を行って長期入院になった結果、歩行機能や認知機能が低下するケースもあるため、治療のメリットとデメリットを比較し、自身にとって最適な方法を選ぶことが大切です。
がんの治療を選択しない場合
高齢者ががんの診断を受けた際、あえて治療を受けない選択をすることがあります。これは「何もせずに放っておく」ということではなく、本人の生活スタイルや人生観に基づいた前向きな判断であることも多く、尊重すべき選択です。
ここでは、高齢者ががん治療を行わない場合のよくある理由を紹介します。
治療よりも、残りの時間を充実させたい
高齢者の中には、治療によるつらさや副作用に耐えるよりも、「残りの人生を自宅で家族と穏やかに過ごしたい」と考える方が少なくありません。治療に伴う入退院や食欲不振、身体の衰弱などが精神的なストレスにつながり、かえって生活の質が下がってしまうことを避けたいという思いが背景にあります。
特に、がんの進行が比較的ゆるやかで、今すぐに命に関わらない状態であれば、「治療をしない」という選択も意思決定の1つです。
緩和ケアや在宅医療などを活用しながら、残された時間をより有意義に過ごす道を選ぶ人も増えています。
抗がん剤や手術に耐えられる自信がない
がん治療は、体力を大きく消耗するケースが多く、高齢者にとっては「治療を乗り越える自信がない」という不安があることも、治療を控える理由の1つです。特に後期高齢者では、治療の途中で体調を崩してしまい、かえって生活が困難になるリスクもあります。
また、心臓病や呼吸器疾患といった慢性疾患を抱えている場合、抗がん剤の副作用が命に関わるリスクを生む可能性もあります。
「治療による延命よりも、身体に負担をかけない道を選びたい」との判断は、合理的ともいえます。
がんを治療しない場合の余命とは?
がんと診断されたとき、多くの人が「治療を受けるかどうか」を一度は考えます。そして中には、あえて治療を受けない選択をする高齢者も存在します。
前提として、「がんを治療しない場合の余命がどれくらいか」という問いに対しては、明確な数字を示すのは非常に難しいということを理解しておく必要があります。
なぜなら、がんには種類や進行のスピード、がん細胞の悪性度、転移の有無などによって病状の進行が大きく異なり、個人差が非常に大きいためです。
進行が速いものもあれば、進行が緩やかで何年も症状が出ないまま経過するものもあります。そのため、「治療をしなければ○年」というような一律の基準はなく、あくまで医師による個別の診断が重要です。
それでは、治療を受けないとどうなるのか詳しく見ていきましょう。
・山本康博先生より
がんを治療しないという選択に、正解・不正解はありません。とくに高齢の方では、治療そのものよりも、治療に伴う苦痛や生活機能の低下の方が問題になることも多くあります。診断後すぐに治療に進まず、一度立ち止まって「何を優先したいか」を考えることも大切です。私たち医療者は、治療を選んだ方にも選ばなかった方にも、同じように寄り添い、最善のサポートを提供する立場であると考えています。
治療をしない場合はどうなるのか?
がん治療を受けない場合、病気の進行に伴って症状が悪化する可能性があります。がんは時間とともに大きくなり、周囲の臓器を圧迫したり、血管や神経に浸潤したりすることで、さまざまな身体的な不調を引き起こします。
たとえば、肺がんが進行すると息切れや血痰、慢性的な咳が出るようになります。胃がんでは食欲の低下や吐き気、腹部の張りなどが現れ、最終的には食事がとれなくなることもあります。
肝臓や骨などに転移すれば、強い痛みや倦怠感、黄疸、骨折などが生じ、QOLが大きく低下しかねません。
また、がんが進行すると免疫力が低下し、感染症や合併症(肺炎、腎不全など)を起こしやすくなるため、それが死因となる場合もあります。
さらに、体力や筋力の低下が顕著になり、寝たきりの生活や日常動作の介助が必要になるケースもあります。
本人や家族にとって「つらい症状をどうやって和らげるか」が重要な課題です。治療をしない選択をする場合でも、緩和ケアは積極的に行うべきであり、人生の終末期をできる限り穏やかに過ごすための支援体制を整えることが大切です。
治療しない場合の緩和ケア・終末期医療の重要性

がんの治療を選択しなかった場合でも、人生の質を損なわず、残された時間をできる限り穏やかに過ごすための医療が存在します。それが「緩和ケア」や「終末期医療」と呼ばれるアプローチです。これらは、がんの進行による苦痛や不安をやわらげ、本人や家族が納得のいくかたちで日々を過ごすために欠かせないものです。
単に延命を目指すのではなく、その人らしい最期を支えるという視点が大切にされています。緩和ケアと終末医療について詳しく見ていきましょう。
緩和ケアとは何か?
緩和ケアは、がんによって引き起こされる身体的な痛みや吐き気、息苦しさといった症状だけでなく、不安や孤独、喪失感といった心の苦しみや悩みにも目を向けて、その人の全体的な苦痛を和らげるための医療です。
多くの方が「緩和ケア=終末期医療」と思いがちですが、実際には、がんが診断された段階からでも受けることができます。治療をする・しないにかかわらず、がんという病気とともに生きていくなかでの不安やつらさを軽減し、生活の質(QOL)を保つことが目的です。
たとえば、痛みが強いときには適切な薬剤を使ってコントロールしたり、食欲が落ちたときには栄養管理のアドバイスを受けたりします。また、心理的な支援を受けて気持ちの落ち込みを和らげたりすることも含まれます。
終末期医療とは?
終末医療とは、治療ではなく「残された時間を穏やかに過ごすこと」を目標にした医療のことです。がんが進行し、延命治療や根本的な治療が難しくなったときに、苦痛をできるだけ取り除き、最期まで人としての尊厳を守った生活が送れるよう支援します。
無理な延命措置や不必要な検査を避ける一方で、呼吸の苦しさや痛み、不安感などに対する緩和を重視します。たとえば、自宅で過ごしたいという本人の希望がある場合は、訪問診療や訪問看護を利用して自宅での看取りを支援する体制を整えます。
医師や看護師、薬剤師、ソーシャルワーカー、介護職などの多職種が連携して支える「チーム医療」として提供され、本人の意思を尊重するケアを徹底します。
「人生の最終段階をどのように過ごすか」は人それぞれですが、その選択肢を広げ、穏やかな時間を実現するために、終末期医療は極めて重要です。
・山本康博先生より
緩和ケアや終末期医療は、「治療をしないから受けるもの」ではなく、「よりよく生きるために誰でも受けられる医療」です。特に高齢のがん患者さんにとっては、症状の緩和や不安の軽減が、日々の安心につながります。早期から緩和ケアチームと連携することで、身体的な苦痛だけでなく、心のゆらぎにも対応できる環境が整います。
高齢者のがん、治療しない場合の余命と生活の質を考える
高齢者ががん治療を受けるか否かという選択は、単に「延命」を目指すかどうかという問題にとどまらず、「どう生きるか」「どう最期を迎えるか」という深い問いに直結しています。
治療を行わないことで余命が短くなる可能性はある一方で、つらい副作用から解放され、穏やかな時間を大切に過ごせるという選択肢も存在します。
治療を受けることだけを正解とせず、緩和ケアや終末期医療など、心身の負担を軽減しながら生活の質(QOL)を守る医療体制を整えることが重要です。本人の意思を尊重し、ご家族や医療スタッフと丁寧に話し合いを重ねることで、一人ひとりにとっての最善の選択肢が見えてくるはずです。