コラム

2023-03-30 16:59:00

【前編】がんを経験した当事者の苦しみ。周囲が関心を示せるように情報を発信する。一般社団法人がんチャレンジャー 花木 裕介さん

 がんだけに限らず、疾患との向き合い方は実に人それぞれ。物事の考え方や生活スタイルが多様であることから「これが正解」というつきあい方は存在しないもの。治療法の選択や仕事の続け方など連続して大きな意思決定をしていくなか、病気を介して自分の生き方と深く向き合っていくことになります。そうした、人の数だけがんとの関わり方がさまざまであるなか、特に「がんと仕事」にフォーカスして広く発信を続け、多くの患者や家族を応援する活動をしているのが、一般社団法人がんチャレンジャーの代表理事を務める花木 裕介さんです。今回は、がんがわかってからのお金や生活設計における不安や解決へのアプローチについてお話をお聞きしました。

花木 裕介さん 一般社団法人がんチャレンジャー 代表理事

がん罹患経験者に関わる方専門の産業カウンセラー。両立支援コーディネーター。著述家。
2017年12月(38歳)のとき、ヘルスケア企業で管理職を目指すさなか、中咽頭がん告知を受け、標準治療(抗がん剤、放射線)を開始。翌8月に病巣が画像上消滅し、9月より復職。2021年2月、局所再発により標準治療(手術)を実施。現在は経過観察中。フルタイム勤務のかたわら、2019年11月に一般社団法人がんチャレンジャーを設立し「がんと仕事」をテーマに広く情報発信を行っている。著書[キャンサーロスト: 「がん罹患後」をどう生きるか」]が小学館新書より発売。


自身の経験から、がん患者の「治療と就労」について情報発信をスタート


会社員として働きながら、「がんと仕事」をテーマに情報発信を行う一般社団法人がんチャレンジャーを設立し、代表を務める花木 裕介さんは2人のお子さんを持つ家庭人でもあります。働き盛りで管理職も視野に、仕事にまい進していた38歳のころに中咽頭がんが発覚。治療を終え復職するも、2021年には局所再発により再び治療生活を送りました。現在は経過観察をしながら会社員と代表職を並走するという、時代にもフィットしたワークスタイルでお仕事をされていますが、企業勤めで管理職への道半ばで治療を理由にキャリアの再考を余儀なくされました。がんになって一定期間の治療生活を送るとなると、花木さんのように治療と就労の壁に悩む人は多いはずです。


病気による身体的なつらさより、周囲との関係から精神的なつらさにも直面する患者たち


活動のなかで多くのがん患者の体験に触れ、「個人差もあるかとは思いますが、多くの方から体験をお聞きして印象に残っているのは、身体的なつらさよりも、むしろ精神的なつらさです。なかでも、周囲の方とのコミュニケーションによるつらい経験をしている方があとを絶ちません」。花木さんに寄せられる悩みや困りごとのなかで、意外にも善意からのアドバイスや意見を主張してくる人に、がん患者当人たちは対応に苦慮するケースが多いのだそう。

「もちろん、それらの多くは寄り添いであったり、応援であったりするので、治療や人生に前向きになれる側面もあります。一方でしつこく自分の主張を押し付け、“絶対これを使うべきだ。多くの人がこれで治っている” とか “会って詳しく説明したい“ など、患者の状況を考えず《正しさ》だけを振りかざされると、それが一見善意に見えるだけに断るのが難しいのです」。それでなくてもがん患者や経験者には、がんと共生する生活に疲弊していることが多いため、こうしたコミュニケーションで追い込まれてしまうことも少なくないのだということです。

働きながら3ヶ月に1回程度の通院で経過観察をしている花木さん。

キャンサーロスト(がん罹患によって失ったもの、挫折)に苦しむ当事者たちに寄り添う


罹患前のライフプランの変更を余儀なくされてしまった方へ、がんチャレンジャーでは『キャンサーロスト』と称して周囲の理解を醸成する発信などの支援をされています。

「『キャンサーロスト』とは、私どもが作った造語で「がん罹患によって失ったものや、がん罹患によって生まれた挫折」のことを指します。“がんによって得られたもの”を『キャンサーギフト』と呼ぶことは多くの方がご存知かもしれませんね。その反対の意味と捉えていただければわかりやすいでしょうか。わざわざ造語を作るまでもなく、がん罹患には喪失が付きものだと思われるかもしれませんが、私たちがん罹患経験者の多くは、それらを簡単に受け入れられているわけではないのです」。これまで当たり前のようにできていた生活が、突然当たり前でなくなるーー。ただでさえ健康が失われたうえに、さらに人生のライフイベントや夢や目標なども失うということ。この先を生き抜いていくうえでそのつらさは計りしれません。

「私の知人でも、がん罹患によって出産の夢を絶たれた方や、仕事を奪われた方、念願だったマイホームを直前で断念せざるを得なかった方など、キャンサーロストに直面してきた方が多数いらっしゃいます。若年性がん罹患世代(AYA世代)であれば、まだキャンサーロストとは言いきれないかもしれないものの、恋愛、進学、結婚、就職などで、大きなハンデを負うことも多分に想像されることです」。


キャンサーロストに関するアンケートから見る当事者にしかわからない苦悩


一般社団法人がんチャレンジャーでまとめた「『キャンサーロスト』に関するアンケート」(実施:2022年4月13日~5月15日実施/取得方法:webによるアンケート/回答者:507名)(https://www.gan-challenger.org/research/)結果によると、79.1%の方が、「がん罹患によって、あなたにはこれまでにキャンサーロストといえるような喪失体験がありましたか?」という質問に対して「あった」と答えていることからも、多くのがん罹患経験者にとって「キャンサーロスト」は切っても切れないものであることがうかがい知ることができる。

具体的にはどういうケースがあるのでしょうか。「それこそ生涯をかけていた仕事を奪われたり、出産の夢を失った方、就職ができなかった、さらには未来が閉ざされてしまった、社内でのキャリアアップの機会を失ってしまったりする方などがいます」と話す花木さんは、ご自身の経験からも当事者たちの抱える苦難に心を寄せます。最近では企業でも「がんと就労」について積極的なサポートも増え、以前よりはこの点における解決策が社会のみんなで考えられているようにも思われますが、実際はどうなのでしょうか。

「残念ながら現実にはまだ難しさがあり、そう簡単に日本社会からキャンサーロストに対する偏見はなくならないでしょう」と語り、花木さん自身もご自分ががんに罹患する以前には、同様の偏った見方をしていた面もあるそうで、当事者の苦しみはやはり経験者でないと深く理解することは難しいテーマのようです。

「周囲の方に、自身のキャンサーロストにまつわることについて、理解を得られなかったり、心無い言葉をかけられたりしたことはありましたか?」という質問に対して、38.1%の方が「あった」と答えており、3人に1人以上が周囲の反応に苦しめられた経験を持つ(ほか、「なかった」は34.5%、「わからない」は27.4%)

がんという病気の特性は、個別性が高いため症状や状況が人によって異なることに理解を求める花木さん

「がん罹患経験者一人ひとりはまた違った個性を保ち、皆さん病気に負けないよう精一杯生きている、ということも知っておいてほしい」。花木さん率いる一般社団法人がんチャレンジャーでは、そのようながん罹患経験者の声を集めて世の中に発信しています。
 「がんは個別性の高い病気です。部位によって副作用や後遺症、制限なども異なりますし、ステージによってその後の予後も変わります。それぞれの考え方や性格によって、病気への受け止め方もさまざまです。ある方の症状や状況が、別の方に同じように当てはまるものではないのです」。

花木さんの活動などを通じて、勤務先やコミュニティでもそうした事実があるのだと理解し、目の前のがん罹患経験者の方が何を考え、何を望んでいるのかについて、少しずつでも関心を深めていくことが大切なのではないでしょうか。

1 2 3