コラム

2023-04-03 17:02:00

【後編】がん罹患から社会復帰を果たすも、キャリアの試練に直面するサバイバー。企業の理解醸成を目指す 一般社団法人がんチャレンジャー 花木 裕介さん

ご自身ががん罹患を経験したことから一般社団法人がんチャレンジャーを立ち上げ、「がんと仕事」について広く情報発信を行う花木 裕介さん。前編では、花木さんが特に力を入れているテーマ『キャンサーロスト』(がん罹患によって失ったものやがん罹患によって生まれた挫折)についてお話をうかがいました。後編では、がん治療と就労の関係性に着目した『サバイバートラック』について教えていただきながら、「治療を終えて社会復帰ができたら終わり」とはいかない、この先も続いていく人生を自分らしい目標と共に生きていくヒントを教えていただきます。

花木 裕介さん 一般社団法人がんチャレンジャー 代表理事

がん罹患経験者に関わる方専門の産業カウンセラー。両立支援コーディネーター。著述家。
2017年12月(38歳)のとき、ヘルスケア企業で管理職を目指すさなか、中咽頭がん告知を受け、標準治療(抗がん剤、放射線)を開始。翌8月に病巣が画像上消滅し、9月より復職。2021年2月、局所再発により標準治療(手術)を実施。現在は経過観察中。フルタイム勤務のかたわら、2019年11月に一般社団法人がんチャレンジャーを設立し「がんと仕事」をテーマに広く情報発信を行っている。著書[キャンサーロスト: 「がん罹患後」をどう生きるか」]が小学館新書より発売。


つらい治療を終えて、いざ社会復帰!しかしこれまでと同じようには働けないジレンマに遭遇するがん患者


前回お聞きした『キャンサーロスト』は、「がん罹患によって失ったものや、がん罹患によって生まれた挫折」のことを指していますが、これは一般社団法人がんチャレンジャーが考案した造語だそうです。もうひとつ、現在がんチャレンジャーで力を入れているテーマが『サバイバートラック』です。こちらはもとは『マミートラック』という、母親になった女性が産休や育休などから復職した際に、自分の意思とは関係なく職務内容や勤務時間が変わったり、その結果出世コースから外れていったりする事柄をさす言葉にヒントを得て、花木さんが考案されたオリジナルの名称です。

「マミー(mammy)は母、トラック(track)は陸上競技の周回コースのことを意味し、一度乗ってしまうと何周も同じコースをグルグル周り、抜け出せない働き方を表現しています。また、対義語的に使われている「ファストトラック」(fast track)は出世コースを意味しています」(花木さん談)

なるほど、とてもわかりやすい言葉です。がん治療から復帰後、自分の意思とは無関係に職務内容や勤務時間が変わったり、その結果社内における出世コースから外れていったりする…。残念ながらこのような『サバイバートラック』は、実際によく耳にすることです。花木さんは「実際、私自身もそれに近い状況を味わっています。さらにマミートラックと比較すると、社内に存在するがんサバイバーの数や前例も少ないことから、社内に同じ境遇の人もおらず、そういう意味での孤独感もありましたね」と当時を振り返ります。

陥る状況は確かに同じであるが、やはりがんサバイバーの同一組織内での絶対数が少ないので孤独な状況となる

 仕事への目標を失い、生きる意欲を失わないために。職場や社会と一緒に考えていく


 「いずれの場合でも共通しているのは、当事者が本来望んでいない就労状況になってしまうことです。また、マミーいわゆるお母さんであれば、組織内でもある程度どういった支援が必要となるかといったナレッジが近年できてきていますが、がんサバイバーは個々によって症状や後遺症などが多様である点も難しいところです」。意欲をもって仕事をし、キャリアアップも目標としていた方が、がんによってその先のキャリアパスを見失ってしまうことはその後の生きがいにも影響してくる重要な問題です。

「日本企業から『サバイバートラック』が無くなる日がくることを願う」と熱く語る花木さん

がんサバイバーは治療が終了したとしても、治療で生じた副作用や後から発症する後遺症など、長期的な視点で自分の健康状態を予測することが難しくなっています。また、やりがいのある仕事から外されないように、体調が思わしくなくてもギリギリまで我慢してしまうこともあるかもしれません。同じような闘病の体験を共有できない環境では、理解者も得られず孤独になってしまうことは想像に難くありません。せっかく治療を乗り越えたのに、これまで仕事で得られていたやりがいを失ってしまうことは生きる力にも影響してしまいかねないのです。

花木さんはそうした状況からご自身で法人設立に踏み切ったことで、新たな生きがい、モチベーションを見出すことができました。一方で、「兼業や副業をはじめ、社外活動を許可する恵まれた勤務先に勤める方ばかりではないでしょう。 だからこそ、意図せぬ『サバイバートラック』が日本企業から無くなる日が来ることを願い、そのためにこの造語を広めてみたいと思っているのです」と、がんと共に働くすべての人へあたたかいまなざしを向けます。


多様な働き方が進む社会で、急ながん罹患で経済的困難に見舞われたら?新しい選択肢を歓迎


最後に、「がんと就労」に深く関係するお金の不安についてもお聞きしました。治療生活に入ると身体の状態も変化するため、安定して就労を継続することが難しくなります。時短勤務や休業など、収入の減少は非常に不安にさせるものです。

「私自身、がん罹患によって職場でのキャリアアップが難しくなったことから、金銭的な苦しさを実感した一人です。職場復帰から5年が経過しようとしている現在でも、収入は罹患前と比べて現状維持がやっとの状況であり、兼業や社団法人の運営でなんとか足りない分をカバーしようともがいています。やはり子どもを含め家族を抱えている以上、自分ががんを患っているからといって、生活費は健常者と同様にかかってくるわけですからね」。

総務省が発表した22年労働力調査で、「自分の都合のよい時間に働きたい」との理由で非正規の職員・従業員になった人は前年から22万人増え、平均で679万人となり、これは、統計がある13年以降で最多だそうです。そうした正規雇用以外のビジネスパーソンが増える社会で、急ながんの罹患者は経済的困難に見舞われる可能性もありそうです。生命保険の買取りをはじめとする、新しい選択肢が増えていくことはどう思われますか?
(参考:総務省統計局 労働力調査結果よりhttps://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/dt/index.html)

「やはり経済的な面で可能性が増えることは有り難いと思いますし、そう思っているがん罹患経験者は少なくないのではないでしょうか。生命保険ではないのですが、実は私も、復職後1年経過したあたりでとにかくわずかでもいいので収入を確保しようと、手当たり次第、手元の売れそうなものを売ってお金にしていた時期があります。原付自転車、洋服、書籍など、実際売れたのはわずかでしたが、それでもいくらかでも収入の足しになることで安心できた記憶があります。

病気は、それまで計画していたライフプランを大きく変更せざるを得ない転機となりえます。加入している生命保険の存在意義が変わってしまう可能性もあるでしょう。そんなとき、ライフシオンさんのような取り組みが、各自の選択肢を広げることにつながれば、いち罹患者としてもうれしいですね」と、花木さんの実体験と共に多様な選択肢の広まりへも期待を寄せました。