コラム

2023-08-07 17:13:00

自動車販売店に保険代理店業務を禁止してはいけない理由

ビッグモーター関連の報道が止まりません。

次から次へと信じられないような報道がなされており、事実であったとすれば厳しく責任を問われることは間違いないでしょう。また、単なる個社の問題のみならず、構造的な問題についての意見も増えてきています。そのなかで、多少気になる意見があったので解説しておきたいと思います。

それは、「自動車販売店に保険代理店をさせてはいけない」という意見です。たとえば、弁護士で元大阪府知事の橋下徹氏は「大きな車の販売会社はもう保険代理店としては認めないという法律を作るしかない。」と発言されています。(出典:https://toyokeizai.net/articles/-/691136?page=3

これは利益相反(本来契約者の利益のために働くべき保険代理店が、自身の利益のために逆に契約者に損害を与えてしまうこと)を防ぐ観点からは一理あるのですが、実際にこのような法規制をしてしまえば、さらに大きな弊害が生じると思われます。

自動車販売店が保険代理店をできなくなったとき、何が問題となるのか

それは、自動車販売店が自動車保険を売れなくなれば、無保険の自動車が公道に出てしまう可能性が高くなるのではないかということです。通常、自動車を購入する場合、その購入店で自動車賠償責任保険(強制保険)に加入するとともに、任意の自動車保険への加入を勧められることになります。もし自動車販売店が保険を販売できなくなれば、他の代理店で加入しなければならないことになります。

自賠責は法令で加入が義務付けられていますので、常識的な自動車販売店であれば、自賠責への加入が確認されない限り納車しないというオペレーションになると思いますので、さすがに自賠責に加入していない自動車が公道に溢れることはないとは思いますが、問題は任意保険です。

自動車を購入しようと思ったことがある方は、任意保険の重要性を繰り返し聞いているはずです。自賠責では仮に他者に損害を与えた場合に損害の全額を補償することは難しく、損害の程度によっては被害者が泣き寝入りをしなければならないことは十分考えられます。そのため、任意保険に対人・対物無制限で加入することにより被害者に十分な補償ができるようにしておくことは、ドライバー個人を守るためではなく、被害者を守るための社会的な責任であるといえます。

自動車販売店が保険代理店をできなくなれば、ほぼ確実に任意保険に加入していない自動車が増えることになるでしょう。また、それこそビッグモーター社のように倫理感に欠ける自動車販売店であれば、自賠責すら加入していない自動車を納車してしまうかもしれません。

現在の任意保険の加入率は88%程度ですが、これをさらに引き上げることは引き続き重要な社会課題であり、下げることはあってはなりません。大手自動車販売会社が保険販売ができなくなれば、任意保険加入率が大きく下がってしまうことも十分に考えられます。

逆に考えれば、ビッグモーター社は損保ジャパン社と東京海上日動社が代理店委託を解消するとの報道が出ており、仮に残りの5社もこの動きに追随するとなれば、ビッグモーター社は保険の売れない中古車販売業者ということになります。ビッグモーター社は今のところ中古車販売業そのものは継続していますが、同社から任意保険未加入の自動車が大量供給されることのないように、なんらかの手立てを打つ必要があるでしょう。

今後一層バランスの取れた議論が望まれる

このように、保険商品のうちの一部には普及率を上げることに社会的なメリットがあります。

たとえば、現在日本に子育て世帯は約1,000万世帯ありますが、子育て中の親世代の毎年の死亡率がおおむね1,000分の1程度なので、大雑把に計算して毎年500世帯に1世帯は両親のどちらかが亡くなることになります。もし仮に生命保険がなければ、毎年数万人の子供が生活費を稼がなければならなくなり、本当にやりたかったことを諦めたり、チャレンジを断念したりしなければならなくなるでしょう。それは大きな社会的損失であり、生命保険を普及させることのメリットはそこにあります。

生命保険でも損害保険でも保険の募集に関しては何十年にもわたってトラブルを起こしてきているわけで、トラブルを無くすだけなら単に規制を厳しくすればいいのですが、普及させることも社会的な重要性があるのでそのバランスを取ることが難しいのです。

ビッグモーター社や代理店を委託していた損害保険会社の問題に絡んでこれからもさまざまな意見が出され、具体的な制度改正にもつながっていくかもしれませんが、こうした保険の社会的な効用にも目を配ったバランスの取れた議論が望まれるところです。